終章 漆黒の魔王- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
V
そのまま一気に苛烈王の心臓へと突き立てられると思われたマサムネだったが、ハイゼンのこの一言が、ゼルドパイツァーの動きを止めた。
「エリク様の命、貴様などには奪わせぬ。剣を捨てよ、さもなくばこの娘の命はないッ!!!」
ハイゼンはセリカの首筋に折れた長剣を突き付けながら、ゼルドパイツァーに強い口調でこう要求した。
「魔王よ、講和を申し込みたい、……停戦だ。――これより全軍に撤退を命じる」
「やめなさい、ハイゼン! もういい、もういいのですッ!!」
苛烈王、エリクのその叫びに、ハイゼンの折れた剣を握る拳が震える。
「あなた様を守れずして、この老体に何の立つ瀬がありましょうぞッ!! このハイゼン、エリク様と共に、地獄の底まで剣を片手に御供いたしまするッ!!!」
「ハイゼン……、」
……暫しの沈黙の後、ゼルドパイツァーはハイゼンにこう答える。
「承知した。このゼルドパイツァー、我が主、漆黒の魔王セリカに代わり、その儀、承る」
こうして、後に『灰の大地の冬』と語られる戦いは幕を閉じた。
Aftar……
この戦いで神聖レトレア王国は、その指導者たる苛烈王、エリク・レムローズを失った。
公式記録には戦死となっているが、この戦いの後、失踪したレトレアの名将ハイゼンと共に、その行方は依然として世の人々には知られていない。
――風の噂にでは、とある村に最近移り住んできた老人と、車椅子に押された赤毛の美女が、一辺境を騒がせた。
天使の微笑みを持つその車椅子の美女は、争いに荒んだ村人の心を、天使の歌声と慈愛によって和らげたのだという……。
灰の大地の冬から三年……。
大陸の秩序は強大過ぎる指導者を失ったことで完全に崩壊し、六つの新興国家によって繰り広げられる『六大国時代』と呼ばれる群雄割拠の時代がその幕を開ける。
五名の神官、地方領主、騎士たちの各々が、いわゆる神の啓示を語り、六極神の名の元、大陸制覇の野望へと突き進んだ。
光の神エルスの加護を受けし、北のミルザ教皇国のエストレミル教皇。
地の神マーリスの加護を受けし、北西のホーライザ騎士団領のハインウィンド大公。
火の神ラファスの加護を受けし、南西のガキューム連合貴族国の侯王アレスティル。
水の神ファリスの加護を受けし、北東のノヴェル帝国の皇帝レオクス。
風の神クレリスの加護を受けし、南東のティヴァーテ剣王国の剣王バルマード。
……そして唯一、六極神の加護を拒絶した、女王リカディ率いる、新生南フォーリア王国。
女王リカディは、灰の大地を支配する漆黒の魔王・ゼルドパイツァーと同盟を結び、他の五大国全てと敵対する。
灰の大地の漆黒の魔王・ゼルドパイツァーは、三年の内に強大な魔王軍を組織し、人間たちに『恐怖』を振り撒いた。
神々の家畜、人間たちによって繰り広げられる狂嵐。
無差別に繰り広げられる殺戮の宴。
……そうして人々は望むようになる。
戦乱を終結させるだけの力を持った強力な指導者の存在。
あの、無敵の苛烈王に代わり得るだけの力を持った者の存在を。
それは六大国の君主たちでもあり、また、それらを駆逐するだけの力を持った強力な指導者。
人々はそうして気付かぬうちに六極神たちの傀儡(あやつり人形)となり、それこそが狂気の元凶なのだとも知ることもなく、次第にそれを、神々の意志を強く求めるようになってゆく……。
苛烈王から語られたその名は、アスラフィル……。
― それは、神の子。 ―
戦いの舞台は六大国時代へと移り、時代は新世界へと胎動する……。