終章 漆黒の魔王- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
エピローグ
灰の大地にある古城の四階には、美しい庭園を一望出来る開けた窓のある部屋があった。
そこはこじんまりとした一室で、花瓶には一輪の百合の花がさしてある。
三年という歳月の中、美しく成長した栗毛の少女によって、日々その花瓶の花は彩りを変えた。
その日の午後も、部屋の窓際に置かれた白く大きなベットの上では、長い緑髪をした美女が一人、その美しい庭を眺めていた。
「……セリカさん、」
そう言ってこの部屋に入ってきたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ古城の主、ゼルドパイツァーだった。
セリカはその声には関心を示さず、ただじっと外を眺めている。
それを気にする事無く、ゼルドパイツァーはベットの方へと近寄ってこう言った。
「女王さまになっちまったリカちゃんが、あの御供の騎士連中を引き連れて、今度この城に来るんだ。同盟締結にかこつけての酒盛りはきっと盛り上がるだろうなぁ。……セリカさんも一緒に騒ごうぜッ」
ゼルドパイツァーの声にセリカが振り返るが、その表情に以前のような快活さはなかった。……彫像のように無表情で、それはただ機械的に音に反応したといった感じだった。
「……オレ、セリカさんが傍にいてくれるだけで、それだけで頑張れると思う」
ゼルドパイツァーが、切なそうな顔をしてポツリとそう言った。
そして、一息おくとさらにこう続ける。
「オレの極悪魔王ぶりもそろそろ板に付いてきたんだぜ。オレの雄姿をセリカさんにも見せてやりたいぜ。……六極神との戦いをオレの代で終わらせるのは、きっと無理な話だろう。でも、オレ一人で戦ってるわけじゃない。――リカちゃんだって、ワニ助だって、カローラちゃんだっている。勝てはしなくても、負けはしないさ。なんたって魔王軍には、この無敵の漆黒の魔王、このゼルドパイツァー様がいる。……だから、セリカさんは安心してオレたちを見守ってて下さいよッ」
セリカは眉一つ動かさず、ただじっと、そう熱く語るゼルドパイツァーの姿を見つめていた。
ゼルドパイツァーが一通りそう言い終えると、セリカはまた機械的に振り返り、窓の外を眺め始める。
ゼルドパイツァーはその反応に肩を落とすと、そのままそっとこの部屋を後にする。
するとゼルドパイツァーは、ドアの入り口で二人のやりとりを覗き見ていたカローラと鉢合わせた。
「あ、あのゼルドパイツァーさん、……すいません、」
その両手に白い木綿のシーツの入ったバスケットを抱えたカローラが、戸惑いながらそう言って頭を下げた。
「いいんだ、……カローラちゃん」
ゼルドパイツァーはカローラの肩を軽くポンと叩くと、その漆黒の外套を翻して階下へと下りていった。
そのままじっと立ち尽くすカローラだったが、少ししてバスケットを床に置くと、慌ててゼルドパイツァーの後を追った。
タッタッタッタッタッタッタッ……。
「はぁ、はぁ、ゼルドパイツァーさんッ」
息を切らして追ってきたカローラのその姿に、ゼルドパイツァーはその足を止めて振り返る。
……ゼルドパイツァーのその寂しげな表情はカローラには辛かった。
そしてカローラは胸に手を当てると、ピンク色の唇を柔らかに開いてこう言った。
「あの、その……なんて言ったらいいのかわかりませんけど、……でも、私、悲しそうにしているゼルドパイツァーさんを見るのが辛いんです。セリカ様は、ゼルドパイツァーさんにとって、そして、もちろん私にとっても大切な方です。代れるものなら私が代ってあげたい……。――でも、セリカ様と同じくらい、ううん、それ以上に、私にとってゼルドパイツァーさんは大切な方なんです!!」
カローラの頬が薔薇色に染まる。
そう言って唐突に想いを告げるカローラの姿に、ゼルドパイツァーは瞳を丸くした。
「私、あのゼルドパイツァーさんのこと……、」
そう言うカローラの口許に人差し指を当てて、ゼルドパイツァーはカローラの言葉を止めた。
「オレも、カローラちゃんのことは好きだぜ」
ゼルドパイツァーの言葉に、カローラは顔全体を赤く染め、その鼓動は胸が壊れそうになるぐらい高鳴った。
震えるカローラの両肩を掴み、ゼルドパイツァーはさらにこう続ける。
「でも、その想いに応えることは出来ない。……オレは信じてるんだ、いつかセリカさんがあの頃のように微笑んでくれる日が来ることを。それが、何年、何十年先になろうとも……。ちょっとカッコつけ過ぎかな。――三年待った、とても長かったよ。でも、まだたったの三年なんだ……」
ゼルドパイツァーがそう言って俯くと、カローラはゼルドパイツァーの首に両手を回して、爪先立ちながら口付けをした。
― 少しだけ、二人の間を流れる時が止まる。 ―
「世界で一番でなくても、二番でも構いません! 私は、ゼルドパイツァーさんに愛されたい、大事にされたいッ!!!」
それは、普段のカローラからは決して想像も出来ないほどの大胆さだった。
そのエメラルドの瞳を潤ませ、カローラはゼルドパイツァーを見上げている。
……ゼルドパイツァーはこの時、心の何処かで救われたような気がした。
「カローラ……、」
カシャ……。
ゼルドパイツァーは何も考えず、ただ強くカローラを抱き締めた。
その身を包む黒い甲冑など素通りして、カローラの柔らかな膚の温もりが伝わるような気がした。
首筋にかかる熱い吐息。光沢の流れる栗毛がゼルドパイツァーの鼻をくすぐると、ほのかに漂うソープの香りが鼻腔を抜けていった。
「ごめんなさい……私、きっとゼルドパイツァーさんを困らせてる。――でも、もう少しだけ、このままで……」
カローラがそう言って瞳を閉じると、頬を一筋の光が熱く伝った。
……そして、ゼルドパイツァーは言う。
「ありがとうカローラ……。本当に、……ありがとう」
そうして、言葉のいらない沈黙が続いた。
ただじっとお互いを感じ合う、それだけで二人は一つになれた。
この物語は彼、漆黒の魔王・ゼルドパイツァーにとって、その彼の長い戦いの歴史のほんの序曲でしかない。
後に六魔王の盟主となり、六極神と戦うゼルドパイツァー。
神々の創設した六大国時代。
それが六魔王を同時にこの地へと降臨させる苗床となる。
そして、セリカが自我に目醒めるその時、彼は絶望に打ち拉がれることになる……。
『受胎告知』
セリカという扉を開いて、この地に神の子は降臨する。
その名は、アスラフィル。
それはこの地上に、
『秩序』を齎らす者の名……。
『DARK FORCES』
The 3rd story
― 漆黒の魔王編 ―
Fin