終章  漆黒の魔王

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


IV



 ……苛烈王の言葉通り、勝負は一瞬の出来事だった。
 意を決したゼルドパイツァーは、グラムを握る苛烈王に向かって飛び出すと、二つの剣風を放った!!!

  ザシュッ! ザハッ!!!

 切り裂く二つの快音と同時に、二枚の翼が天を舞った。苛烈王はグラムをグッと握ったまま、微動だにしなかったのだ。
 翼を削がれた苛烈王の表情は、あの頃の、遠き日のエリクの微笑みで満たされていた。
「どうして、避けなかった……。あんたの腕なら余裕だったはず、」
 苛烈王の背後で振り返り、そう尋ねるゼルドパイツァー。
「ふふっ、六極神の操り人形としての自分に疲れた……、それが理由かな。それに、其方の技量など、遠くこの余には及ばぬ……な、」
 苛烈王はそう答えて、石畳の床へと仰向けに倒れた。
 翼は六極神との契約の証でもあり、エリクを拘束する鎖でもあった。
 そして、その負荷のかかった生命を、この地上に繋ぐものでも……。
「……十数年前、私は自らの過ちで、この世で最も大切なものを失ってしまった。――私は絶望し、自らの心を支えることすらも出来なくなっていた。今思えば、そのこと自体、六極神によって仕組まれていたことなのかも知れない。私は誘われるままに、神々に、心の支えを『力』に求めたのだ。……苛烈王という名の力を」
 そう語る苛烈王の顔から、徐々に生気が失われていく。
 口調そのものは苛烈王のままだったが、その言葉に以前のような冷たさは感じられなかった。
「神々の望むままアスラフィルをこの身に宿していれば、それで心の渇きは癒されたのだろうか? ――フフッ、それは無理か。……だが、これで私は自らを『余』などと呼ばずにすむようになる。誇りと同時に嫌悪感を抱いていたその名から、……『苛烈王』という呪われた名の運命から、私は解放される。――思えば、これが私の最初で最後の、六極の神々への反抗であった。神々の意志という得体の知れないものに疑問を抱いたあの日、ウィルハルト聖剣王と出会ったその時から、私は死ねないもう一つの『私』という存在を、消せる者の登場を望んでいた。――悠久前、六大天魔王と呼ばれた魔王たちも、かつては六極神に使役する使徒たちであったという。ならば、その遺産を使えば、私も魔王となれるかも知れない。私の運命を弄び、捩じ曲げた傲慢な神々たちに復讐出来るかも知れない。……どちらでも良かった。この私が遺産を全てその手にし、神々の運命すら捩じ曲げることも。その遺産を手にした、魔王と呼ばれる者に、後の運命を委ねることも。……ただ、私は最後で、自分自身に甘えてしまったようだが、な」
 苛烈王の中には、二つの人格が交錯して存在していた。……そして、その口調は徐々に柔らかなエリクのものへと変わる。
「……でも、最後に、私は自分自身というものを取り戻せた気がする。このまま其方に出会えず、もう一人の私を演じ続けていたら、きっと世界は終末を迎えていた。――魔王の名を継ぐ者よ、この白金の剣を、聖剣グラムを其方に託そう。この剣には私の犯した罪が刻まれている。それは、十年前に起こるハズだった、最初の神々への反抗という、自由を摘み取ってしまった、償いようのない罪」
 そう言って苛烈王は、ゼルドパイツァーの方へとグラムを力弱く差し伸べた。
 ゼルドパイツァーはそれを無言で首肯いて受け取る。
「私が倒れても、六極神たちはまた新たなる使徒をこの地上へと送り込んでくるだけ。いえ、もうすでに使徒は送り込まれているのかも知れない。……私という存在は幾らでも代わりのいる、消耗品でしかない。――六極神は自らに対なす六魔王の存在を恐れている。六魔王とは、いわば六極神の影。表裏一体の、形無き力。その無と呼称される力が今、あなたという形を得て、この世界に降臨した。――勇気を持って生きなさい!! 私のように、自分の運命に絶望しないで。……最後に私は、自分自身に正直になれたと思う」
 そう言った苛烈王の赤い瞳から、一筋の銀光が流れる。
 穏やかな顔をしたその苛烈王には、あのセリカにも劣らぬほどの凄艶な美しさがあった。

  ― 地に堕ちた天使……。 ―

 その姿にゼルドパイツァーの中からは、苛烈王に対する憎悪は消え去り、それと同量の哀れみで胸が満たされた。
「魔王の名を継ぐものとして、この私の命を、そのマサムネで奪いなさい。――心臓を一撃すれば、負の力の結晶体、斬刀・マサムネによる『還元(ソウルストリーム)』がなされ、あなたはより強大な力を手にすることが出来る」
 そう言って微笑む苛烈王の姿に、ゼルドパイツァーは強く反応する!
「そこまでやったら、オレは鬼だぜッ!!!」
「そう、鬼となって全てを喰らいなさい!! 六極神はあなたが思っているよりも遥かに強大な存在なの。――マサムネやグラムはその為に、六極神の力の破片を喰らうために存在している。――でなければ、あなたは永遠に、六極神の足元にも及ばない。……私は愚かだった。無駄な話であなたを感情的にしてしまった。私は最後まであなたの『敵』であるべきだった。――でも! この程度の試練を超えられぬのであれば、あなたに魔王たる資格などありはしない。何も守れず全てを失うまで、あなたは何も出来ないでしょう。やりなさい、そこにいる美しく優しき精霊人の娘を救う力を得る為にも……」
「……セリカ、さん!」
 その言葉が、ゼルドパイツァーにマサムネを振り上げる決意をさせた。
 ゼルドパイツァーのその姿に、苛烈王は安楽の笑みを浮かべながら静かに瞳を閉じるのだった。


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