終章 漆黒の魔王- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
II
苛烈王のその言葉通り、ゼルドパイツァーが同じ舞台に上がり、同じ衣裳に身を包んでも、剣を舞うその技量の差は、簡単に埋まるような代物ではない。
いうなれば『役者』の格が違う。
転じて防戦一方のゼルドパイツァーに、苛烈王の容赦ない剣撃がその身を襲う!!
「フフフッ、先程の威勢は何処へ消え去ったのやら、」
カァーーンッ! ザシュッ!!
「くっ!!」
バタンッ!!!
全身に無数の血の軌跡を刻まれたゼルドパイツァーは、苛烈王の攻勢を支えきれず、ついには足を詰まらせ、石畳の床に倒れ込んだ。
苛烈王は、マサムネを握るゼルドパイツァーの右手首を爪先でグッと強く踏み付けると、その攻撃も防御の手段も封じた。
「フフフッ、あっけない幕切れだな。そこに転がる小娘と共々、無へと帰すがよいッ!」
苛烈王が白く輝くグラムの剣先をゼルドパイツァーの心臓に突き立てようとした、まさにその時!!
何者かがこの玉座の間に押し入って来た!
ジャキッ、ジャキッ……。
軋む甲冑、そして石畳を打つ足音に、苛烈王はその手を止めて振り返る。
「エリク様、御無事でしたかッ!!」
それは、刃のボロボロにかけた血塗れの長剣を手にした白髪の老将の姿だった。
――その鉄の甲冑は、この老剣士の階下で激戦を物語るように、返り血によって赤々と染められていた。
「ハイゼンか、……もうすぐ全てが決着する。そこに転がっている虫の息の小娘と、このふざけた男を葬りさえすれば、な」
そう言うと、苛烈王のグラムがゼルドパイツァーの胸元目掛けて突き立てられるッ!
「なっ!?」
すると突然!
グラムを握る苛烈王の左手を、右手がギュッと掴んで制止させた。
(……奇跡が、作り出せるかも知れないの、今ならッ)
「くっ、またかッ!!!」
己の意に従わぬ右手、エリクという内なる声に、苛立つ苛烈王。
その隙を突いてゼルドパイツァーは、苛烈王の腹部を激しく蹴り飛ばしたッ!!
ドフッ!
そのまま三歩ほど後退る苛烈王に、ゼルドパイツァーは立ち上がりざま、渾身の一撃を加えようと飛び出す!!
咄嗟の出来事に、苛烈王はまるで無防備でいる。
が、素早く飛び出したハイゼンが、身を呈してそれを止め入った!!
キィーーーーーンッ! ザハッ!!!
「ハイゼンッ!!」
血の飛沫を上げながら、苛烈王の盾となって石畳の床に片膝を折るハイゼン。
ゼルドパイツァーの一撃に耐えきれずにハイゼンの長剣は真っ二つに折れ飛び、かまいたちとなったマサムネの剣風が老骨のその身を大きく抉っていた。
「グフッ……、――申し訳ありま…せん、」
ハイゼンは、折れた長剣を激痛に耐えるように右手で強く握り締め、左手で傷口を押さえていた。
まだ老人は、その折れた剣でエリクの敵に必死に立ち向かおうとしている。
ハイゼンの左手の隙間から溢れだす鮮血。
ドクン、ドクン、ドクンッ……。
致命的な傷を受け、徐々に崩れゆくハイゼンのその姿に、苛烈王の表情が一変する……。
「ハイゼン、ハイゼンッ!!」
一流の剣士である苛烈王には、ハイゼンのうけたその深い傷が、このままでは死に至るものであると、すぐに見てとれた。
「あなた様が無事で、グフッ……良かった。……極寒の大地で、食べる物すらなかった我々に、一条の光を見せてくれたあなた様に、私は、北の大地に生きる民たちは! ……本当に、感謝して……います、」
吐血しながらハイゼンのその口調は次第に弱々しくなってゆく。
「あなた様は、……貧しき極寒の大地に舞い下り立った、我らの、希望……ガハッ」
……その光景に苛烈王のその冷徹な仮面は真っ二つに剥がれた。感情的に、弱々しく立ち尽くす苛烈王は、胸に手を当ててこう呟く。……真っ赤なその二つの血眼に、溢れんばかりの銀光を宿して。
その今の姿には、『苛烈王』というその支配者の人格の憑依は完全に消えて見えた。
「……嫌……ハイゼン、――私を置いていかないで。今まで頑張って来たのに、私、こんなに嫌な思いまでして戦ってきたのに、――あなたまで、私はお兄さまたちのように失うというの……、」
もちろん、声色も以前の苛烈王とはまったく違い、その声質はむしろあのセリカに近いと言えた。
「な、なんだっ!?」
この突然の変化は、ゼルドパイツァーを戸惑わせるに十分だった。
あれほど高慢で冷淡だった苛烈王が、まるで何かに憑かれたかのようにハイゼンを見つめてこう言ったのだ。
そう、……それはまさに別人だった。
ゼルドパイツァーの知らないもう一人の苛烈王。
――そして、苛烈王を見つめるハイゼンの黒い瞳にはいつもこの像が重なっていた。
「グフッ……、エリク様……」
「お願い、喋らないで。――あなたの身は私が守るから……、」
苛烈王の右肩に生える白い翼が、眩いばかりの光輝に満たされると、その白き光がハイゼンの痛みを和らげる。
シュワァァァァァァァアアア……。
「なりませんッ!!! エリク様、――その力は、あなた様の心を、傲慢な…神たちの意志によって縛り…あげる……」
「――ハイゼン、……あなたはそこで、私の最後の戦いを見ていなさい」
苛烈王は慈愛に満ちた表情でハイゼンにそう言った。
(……ありがとう、ハイゼン。こんな狂った私を、最後まで見捨てないでくれて。――あなたのその強い意志が、私の背中に繋がれた鋼鉄の鎖の輪の一つを錆び付かせてくれた)
(――呪縛が解けるのを感じる……。――もしかしたら、私と、そしてあなたの今までの辛かった事を、無駄にしないですむ方法が、今、見つかるかも知れないの。私はそれに賭けてみたい。……例えこの身体に神の子が宿るのだとしても、同じ宿命、同じ痛みをその子には背負わせたくは、ないから……)
そして苛烈王は、左手に握られたグラムを徐に利き腕の右に持ちかえると、ゼルドパイツァーにこう叫ぶ!!
……苛烈王としての口調で、強く!!!
「其方に真の魔王たる資格があるかどうか、余が、余のこの呪われた両眼で見極めてくれよう!! もし、其方が魔王たる資格無き者ならば、この余が、余自身の手でそこに転がる精霊人の娘共々、この世から其方らを抹殺してくれる。新たなる『魔王』の歴史にその序章を刻みたくば、死ぬ気でこの余に立ち向かってまいれッ!!! でなければ、神々の人形に過ぎぬこの余すら超えられぬ魔王など、それこそ神の望みし小娘の偽魔王以下でしかないのだと、その死に際に悟るがよいッ!!!」