第六章 灰の大地の冬- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IX
ブオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
前回とは明らかに違う、酷く鈍い音を立てながら、苛烈王の暗黒剣は炸裂した。
刹那の出来事に、ゼルドパイツァーには何が起こったのか理解出来ずにいた。
……ゼルドパイツァーは無傷なのだ。
「セ、セリカさんッ!? セリカさんッッッツ!!!」
苛烈王の一撃は確かに決まっていた。
しかし、それはゼルドパイツァーにではなく、セリカの方にである!!
瞬間的に身を翻した苛烈王は、その一撃をセリカの方に向かって放っていた。
不意を突かれた形で、セリカの胸には深々とグラムが突き立てられていた。
セリカの鮮血が、雪のように白いグラムの剣身に赤い線を描いて滴り落ちる……。
「……クックックッ、どんなに其方が機敏にかわそうとも、この不意打ちだけは避けられなかったようだな。小娘よ、其方は今、戦場に散ったのだ。……このグラムを介して、其方の身体を支える全ての力を消し去ってやろう。そのやたら重いだけの鎧の重量に耐えられず、全ての血を吐き出されて圧死するのが先か、致命的なこの一撃によって息絶えるが先か、じっくりと見届けてやるとしよう」
セリカの顔から血の気か引き、みるみる青ざめていく……。
「あ、あぅ……ゼル…ド……さ…」
苛烈王がセリカの胸元からグラムを抜き去ると、セリカの膝は折れ、その甲冑の重さに耐えきれずに前のめりに倒れ込んだ。
セリカは100キロをゆうに超えるこの重い漆黒の甲冑を魔法の力で支えていた。
……だが、その魔法力の全てを、六極神の加護を、苛烈王はセリカの中から全て消し去ったのだった。
セリカはそのまま、ピクリとも動かなくなってしまった。
ただ、鉄の十倍の質量はあろうかというその魔王の甲冑が、キギッと音を立てて軋むたびに、セリカの体内から全ての血液を押し出すかのようにして、石畳の床を血の色に染めていった……。
「フフフッ、ゼルドパイツァーとか言ったな。実は先程の暗黒剣には少々趣向を凝らしてあってな。今の一撃で小娘は六極の神々の加護を失い、その魂は無属性化した。――これがどういうことだと思う?」
苛烈王は口許を吊り上げて、ゼルドパイツァーにそう言った。
「………、」
「小娘の存在は完全に世界から抹消される。……小娘の命が燃え尽きる、その時にな。――ウィルハルト聖剣王のような有格者でもなければ、無の魂をその身に受け入れることなど出来ない。この世界の住人は、その全てが何らかの形で六極の神々の加護なくしては生きられぬ家畜でしかないからだ。人は死と同時に『魂の潮流(ソウルストリーム)』と呼ばれる、神々の御手に誘われる。そこで永遠を約されるのだ。……神々の一部となることでな。――こうして六極の神々は無尽蔵に膨張してゆく。だから無限の存在にも成り得た。しかし、その魂の潮流にさえ受け入れられぬ者はどうなるであろう? ……クククッ、余は六極の神々に小娘の存在を、偽魔王の存在の抹消を命じられた。そこに転がる屍同然の小娘は、家畜にも劣る塵(ゴミ)だということか。――無に呑まれ、無限の苦しみを味わい続けるがよい。それが、世界から抹消されるということの意味だ。六極の神々の御手すら及ばぬ、無へとな。アハハッ、……フフッ、ハハハハハッ!!」
「くっ……」
この時ほど、ゼルドパイツァーは己の無力さを強く呪ったことはなかった。
冷笑する苛烈王、
――そして、無と呼ばれる存在に呑まれようとするセリカ。
何も出来ない自分にゼルドパイツァーは苛立ち、それが折れたマサムネを握る両手を強く震わせた。
ゼルドパイツァーがその折れたマサムネで苛烈王に挑もうと黒き眼光を興奮で潤ませ、発狂寸前の勇気を駆り立てようとするが、同時に、それに倍する恐怖心がゼルドパイツァーの足を竦ませた。
それは、勝ち目など無い戦い。
……飛び出せば、次は必ずその身にグラムの洗礼を受けるであろうというその恐怖。
折れた刀で一体、何が出来る?
剣士に死を覚悟させる、唯一の心の拠り所でさえ、そのザマではないか!?
……次第に自身が追い詰められているということを感じずにはいられないゼルドパイツァー。
そして……、
――鬩ぎ合う勇気と恐怖が臨界を超えた時、内なる声が折れたマサムネを介して、ゼルドパイツァーに語りかけてきた。
『呼び掛けに答えよう、』
『我が名は、第五天魔王 ジラ 』
『六極神に抗いし、六大天魔王の一人……』
「な、なんだっ!?」
突然の事に動揺を隠せないゼルドパイツァーに、内なる声は続ける。
『貴様が我が力の有格者ゼルドパイツァーか』
『!?、なんということだ……、肉体の方がまだ全然クズじゃないか』
『六魔王が時を超えるために生み出した魂の受皿、その有格者に、何故こんな未熟なサムライが……。確かマイオストの啓示では、聖剣王と呼ばれるほどの者のはず、』
「お、おい、何なんだよ!? ク、クズってか、オレは!!」
『……しかし、魔王の力が認めたんだ。とりあえず、覚醒の問いだけはやるとしよう』
納得のいかないゼルドパイツァーを無視するように、内なる声は続けた。
― 汝に問う? ―
『我と共に、ダークフォースの名を繋ぐ一つの鎖として、生きる道を選ぶか?』
『さすれば六極神にすら抗い得る力を、『無の力』をその身に宿すことが出来よう』
『魂の無属性化と引き替えに、』
− 暗黒の眷属、我ら『六魔王(ダークフォース)』にその魂と肉体の全てを捧げることで、−
「無の力、ダークフォース!!」
ゼルドパイツァーのこの叫びに、苛烈王がピクリと反応した。
……だが苛烈王は動こうとはせず、その様子を窺うように、ゼルドパイツァーの方をただじっと見つめている。
そして、内なる声はさらに続く……。
― 『魔王』の名、それは六極神の支配から解放 ―
― 六魔王、ダークフォースによる、世界の支配 ―
― それが我との契約 ―
「魔王にだって何にだってなってやるぜッ!!! 力さえくれるっていうんならなッ」
ゼルドパイツァーがそう絶叫したと同時に、折れたマサムネから眩いばかりの光が溢れだし、辺りを白色の世界に染め抜いてしまった。
……苛烈王も、玉座の間も、セリカも、全てが白き光の中に没し、何もかもがゼルドパイツァーの目の前から消え去ってしまうと、白い空間の中央に、さらに強烈な光を放つ像が現われた。
そして次第に像は人の形へと変化していく。
……女性、それも柔らかい光輝に満たされた、雪のように白い肌に純白の羽衣をまとった美しい金色の髪の女性の像を形どった。
その姿は気高く高潔で、背中には六枚の白い翼が生えている。
光輝で満たされたその女性は、微笑みながらゼルドパイツァーにこう告げた。
「……フフフッ、何年ぶりだろうねぇ、『男』ってヤツを見るのはさぁ。私は、ジラ。あんたが魔王の力を継いだら、一代前の魔王ってなことになるね。――難しいことは言わないよ、今、あんたと私の周りでは時間が止まってる。……この身に肉体があれば、ちょっと可愛がってやってもいいんだけどさ。つまらないことに、絶世の美女であるこの私の、神々をも魅了する美しき肢体は、とっくの昔に失われちまってるのさ。で、身体がなきゃ魔王の力なんて何の意味もない。それであんたに白羽の矢が立ったってわけだよ。時を移す器、魔王の肉体として、ね」
美しき天界の住人の姿をしたその女性は、輝けるその絶世の容姿に反して口は悪い。
しかし、その言葉の一つ一つには、何故か母親が語るような安心感さえ漂っている。
「魔王の力、……その力は六極神の馬鹿どもに六分されたとはいえ、それでも暗黒の力の結晶、魔王そのものの存在ともいえる力、無と呼ばれる有なる力・『ダークフォース』はまさに絶大にして強力無比ってな感じだよ。その気になれば、あんたの肉体が滅びるまでの間、その魔王の力で世界を支配し、無限の享楽に溺れることだって出来る。――力の論理ってやつかい、……結局、強いものが勝つ。全てを独占する。そして、弱いものは従属するか死ぬかのどっちかってこと。その単純明快な論理の頂点にいる存在が、あんたたちが言う『神と魔王』だよ。想いを現実に変えるには、結局『力』に頼るしかない。その上にあってこそ『優しさ』になんてものに意味があるのかなんて考えるのは、少し傲慢か、ね。……まあいいさ、力は契約通りくれてやるよ。後は、自分で考えな。アホヅラのあんたに何が出来るかってとこは疑問だけど」
「……アホ…ヅラ、って」
「アハハハハッ!! 確かにアホっぽいよ、あんた。――でも、私は知ってるのさ。あんたみたいなアホヅラが、かつて神をも魔王をも超える存在として、現実として、この私の目の前にいたということを。それは私を含む、他の四魔王にとっても誇りであり、憧れだった。……覇王…いや、その名を知るにはまだあんたは早すぎる。せいぜい、六極神の使徒ごときにやられないことだね。生き残れば、見えてくるものもあるさ。……最後に、私に残された最期の力ってヤツであんたのお姫さまの命だけは、この世界に繋ぎ止めといてやるよ。――それが、あんたにとって幸せなことか、それとも不幸なことなのか。それは私にはわからない……け…ど……ね、」
「お、おいッ!?」
その天使の姿が消えると同時に、白い世界もまさに霧が晴れたように消え去り、ゼルドパイツァーは再び、玉座の間へと引き戻された。
そして気が付くと、折れたはずのマサムネが完全な形に復元され、その刀身は以前に増して鮮烈な銀光を宿していたのだった……。
「ダークフォース……このオレが、…魔王」
― 今ここに、一人の『魔王』が覚醒した ―
彼の名は、ゼルドパイツァー。
後にその名を『漆黒の魔王』として語られる、黄昏の六魔王の一人。
神に抗い得る力を手にした『人間』である。
反逆はこの日より始まる……。