第六章 灰の大地の冬- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VII
右手拳を砕いたその時から、苛烈王からはその冷静さが著しく失われた。
……そう、苛烈王はその背後から忍び寄る影の存在に気付かなかったのだ。
タッ!
苛烈王が、背後に足音を感じた時、それは、その影の主が宙に舞った瞬間だった!!
「喰らえッ!!!」
振り向きぎわの苛烈王を、その影の一撃が襲う!!
ガァァァァァァァァァアアアアアンッ!!!!
「くっ……小癪なッ」
その影の主の正体はゼルドパイツァーだった。
ゼルドパイツァーの渾身の一撃が苛烈王の胸部を強打すると、そこを覆っていた甲冑の装甲板が、下の布地も引きちぎって弾け飛ぶ。
苛烈王はその衝撃に、二歩ほど仰け反るが無傷だ。
「なっ!?」
ゼルドパイツァーが息を呑んだのは、渾身の一撃を外したからではない!
……苛烈王の剥出しになった胸部に、明らかに女性のものと思われる豊かな乳房が姿を現したからである。
「お、女だったのか……」
呆然と立ち尽くすゼルドパイツァーの姿に、ようやく平静を取り戻した苛烈王は、冷笑してこう言った。
「フフッ、この胸がそんなにめずらしいか? ……余にとって、男女の区別など無用のもの。余は生まれながらにして、男であり、女であった。――クククククッ、冥途の土産に見せてやろう、余の背中に生える、忌まわしき二つの翼をな、」
シュオォォォンッ!
……バサッ!!!
苛烈王がそう言うと、その背後から一対の大きな翼が姿を現した。
右肩に生える翼は、白き天使の翼。……そして左肩に生える翼は、黒き悪魔の翼のようにも見えた。
「クククッ、余にこの翼を出させたのは其方がウィルハルト聖剣王についで二人目だ。光栄に思うがよい、其方は今、天界の住人の姿を目のあたりにしているのだからな。……もっとも余の存在は、混沌に満ち溢れたこの地へと堕ちてきた、いわば堕天使とでもいったところだがな」
苛烈王の右肩の純白の翼が眩いばかりの光輝で満たされると、砕けたはずの右手拳がみるみる内に再生した。
……それは安らぎさえ感じる、柔らかな光だった。
また、それとは逆に左肩の暗黒の翼からは、憎悪や破壊といった黒き力に満たされている感じが伝わってきた。
「余の背中に生える、この白き翼と黒き翼が、六極の神々との契約の証。……余は神々の意志を地上に伝える為に使わされた神々の使徒。人であり、人でなき者。六極の神々は望んでいる、世界を一つに統べる新秩序をな」
苛烈王の言葉に、セリカはその身を震わせてこう叫んだ!
「そんなっ! ――六極神は、世界を三分させる為に魔王を、私たち精霊人の一族に漆黒の魔王になることをお命じ……」
反論しようとしたセリカを制止するように、苛烈王は再生した右手を突き出して、こう続ける。
「笑止。 ……何故、六極の神々はわざわざ世界を三分したりしたと思う? それは人間どもに真の敵の存在を気付かせぬ為。互いに憎み、争わせ、漆黒の魔王という名の敵を人類最大の敵とすることで、人はその数を一定に共存してきたのだ。人にとって真の敵、それは六極の神々。巧妙に仕組まれた三竦みに、人が今までそれに気付くことはなかった」
「六極神が、真の敵!?」
驚きを隠せずセリカがそう叫ぶと、愕然とするその表情は苛烈王に一層の笑みを誘った。
「ククッ、魔王の其方でさえ気付かぬのだ。……教えてやる、いわば人間とは六極神の生み出した家畜に過ぎぬのだッ!」
『家畜』という言葉が、セリカならずもゼルドパイツァーにまで衝撃を与えた。
そして、苛烈王はさらに続ける。
「六極の神々は魂を喰らうことでその永遠の命を維持し続けている。世界の始まりを知る六つの生命体、それが其方のそう呼ぶ六極神だ。六極の神々は自らを神格化し、絶対の存在として君臨することで、世界を根底から支配し続けてきた。人が六極の神々の加護を得ているのも、互いを殺し合う為の術。――其方らが神聖視しているその『魔法』という名の神々の力も、結局は人という家畜の数を一定数に保つ道具でしかないのだ。力を与えれば、人は勝手に互いを殺し合う。しかもそれが自らが分け与えた力であれば、その力が六極の神々の存在を脅かすことはない。――だが、そのバランスを打ち砕く者の存在があった。俗に無の力と呼ばれる六極の神々でさえ、その支配の及ばぬ力。かつて、それは六大天魔王の名で語られ、唯一、六極の神々を脅かした異界の力。小娘、……其方のような六極の神々が生み出した人を憎ませる為の『道具』としての魔王などではない、それは、『真』の魔王と呼べる存在。――その資質を持つ者の存在を、六極の神々は許さなかった。なればこそ、神々の使徒たる余がこの地に降臨したのだ。そして余は、その資質を持つ者、有格者ウィルハルト聖剣王を倒した。フフッ、魔王の名を継ぐべき精霊人の者も、もはや其方を残すのみではないか? ……いずれ破綻する三竦みの秩序を破壊し、この地に新たなる新秩序を築く為にも、ウィルハルト聖剣王といった無の力を持つ者を生み出す土壌となった南フォーリアや、其方のような邪魔な偽魔王にも消えてもらう必要があった。小娘よ、其方を倒すことで余と六極の神々との契約はなり、新世界を背負い立つ者を余はこの身に宿することになる。――それは、新たなる地上の王。人間という神々の家畜を管理する、冷酷な秩序の行使者。永遠の命を神々に約されし新王、その名は、」
― 『アスラフィル』 ―
「……神の子だ、」