第六章 灰の大地の冬- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VI
「フフフッ……後がないぞ、小娘。それとも、また何か小細工でも仕掛けるつもりか?」
苛烈王は圧倒的、悪魔的その強さで、じわじわとセリカを壁際の方へ追い詰めていた。
……二人の力量の差は歴然としていた。
死力を尽くして戦うセリカに対し、苛烈王は一切の魔法攻撃すら行なわず、ただ右手のグラム一本だけを振るって、セリカに詰め寄っていた。
ガシャッ……、ジャキッ……。
動くたびにその重く冷たい漆黒の甲冑から、大量の汗を撒き散らすセリカ。
それをあたかも嘲笑うかのように、執拗にセリカを攻め立てる苛烈王。
その表情には、いつ何時でも一撃で勝負を決められるといった余裕さえ窺えた。
シュオォォォォンッ! カンッ!!!
「くっ……、」
セリカがどんなに素早く戦斧を振るっても、その斬風さえ苛烈王の身体に届くことはなかった。
白い輝きを放つグラムにその全てを遮られ、赤い火花と激しい金属音を立てながら、セリカの巨大戦斧は後へ弾かれる。
「あがき苦しむその姿こそが、余に最高の悦楽を与えてくれる。……優越感というヤツか? くだらぬが心地よいのは確かだ。強者が弱者を虐げる、この最も単純な法則を今だ人間というものは有史以来繰り返している。信じたくはなくとも、それが絶対である限り、それに逆らうことは出来ない。また、それに逆らい得るのだとしても、それが力である以上、この法則をねじ曲げることは出来ぬ」
シュン! シュンッ!!
苛烈王の振るうグラムは、風の刃となって、セリカの甲冑に亀裂のような傷を刻んだ。 この重厚な魔王の鎧でなければ、剣風だけでその身を引き裂かれるであろう一撃を、苛烈王は間髪入れずに二撃、三撃と繰り出す!
「くっ……」
カミソリのように鋭利な剣風に、セリカは思わず後退った。
「漆黒の魔王という名は、其方には多少荷が勝ちすぎたようだな。余はまだ実力の半分も出してはおらぬぞ?」
もう、後がない!!
遂にセリカを壁際へと追い詰めた苛烈王。
退路を阻む冷たい石壁に、セリカの踵がカツッ、と当たる。
……これでは戦斧が巨大なだけ十分に振るえず、苛烈王の攻撃を受け流すことすら出来ない。
「絶体絶命と、いったところだな」
「………」
苛烈王のその言葉通り、セリカは死を覚悟した。
後ろの石壁にセリカを押し潰すように、前方から苛烈王という名の巨大な壁(プレッシャー)が迫り来る。
越えることも、打ち砕くことも出来ないその圧倒的な威圧感の前に、巨大戦斧を握り締めるセリカの掌は汗でにじんでいた。
「苦しまぬよう、一撃で心臓を貫いてやろう」
その言葉にセリカの顔は恐怖に歪み、表情が絶望で満たされた。
「もう、戦う必要などない、……罪の十字架は、この余がまとめて背負ってやろう!!」
グラムを突き立てる苛烈王!!!
その剣先は、咄嗟に振り出されたセリカの巨大戦斧を打ち割り、そのまま一気にセリカの心臓一点を目掛けて放たれたッ!
グスッ!
白金のグラムが、セリカの肉厚の甲冑に風穴を開ける。
しかし、浅い!
直前で苛烈王の手は止まり、グラムの剣先が微かに震えている。
「!?」
セリカはこの情況を飲み込めずに戸惑った。
故意に止めたとしか思えないほど器用に、甲冑を貫いたグラムはセリカの胸の手前でピタリと止められているのである。
「ぐっ!? ……抵抗するか、エリクッ! これは我ら六極の神々が『意志』ぞッ!!」
訳のわからないことを口走った苛烈王は、石のように固まってしまった右腕の手首を左手で強く掴むと、堅く握ってグラムを離さない右手拳を、石畳の床に強く打ち付けた。
ゴスッ!! カラァーーーーンッ!
苛烈王の砕けた右手拳から鮮血が飛び散る。
床を撃って転がるグラムを苛烈王は徐に左手で掴むと、右手拳から来る激痛に眉を顰めながらこう呟いた。
「何故、支配しきれぬ。たかが人間の魂に、何がこうも我らの絶対を抗わせる!? 使徒が使役を拒むか!!!」
セリカには、苛烈王のこの言動が理解出来なかった。
だがそれは苛烈王の中で、二つの人格が何かを争っているようにも見える。
まるで呪うような眼で右腕を見つめる苛烈王。
……石畳に滴り落ちる鮮血の雫は床の色に溶け込み、黒ずんだ血の紋様を描き出していた。
「次は外さぬッ!!!」
あれほど冷淡だった苛烈王が次の瞬間、感情的に絶叫する!!
そして、苛烈王の表情から怒気が溢れ出した。
……その二つの血眼に、獲物に襲いかかる獅子のような激しく鋭い眼光を宿して。