第六章 灰の大地の冬- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
V
苛烈王の後を追うゼルドパイツァーだったが、混戦の中、無数の赤色の騎士たちの執拗な抵抗を受け、すでにその姿を完全に見失っていた。
「ハァハァハァ………」
そして、息を切らしながら城内を駆け入るゼルドパイツァーは、鉤型の回廊の脇で床に蹲る栗毛の少女の姿を発見する。
「カローラちゃんッ!?」
石畳に倒れたカローラの身体を慌ててゼルドパイツァーが抱き抱えた。
「カローラちゃんッ! おいッ!!」
……カローラがそのエメラルドグリーンの瞳をゆっくりと開く。
「フゥ、よかったぜ……」
カローラの無事に、ゼルドパイツァーの肩から緊張が消え、その口許から思わず息が漏れる。
カローラはゼルドパイツァーの顔を見上げると、今にも泣き出しそうな顔でこう訴えた。
「ゼルドパイツァーさん、私……何も出来なかった。私、何も……、」
カローラはそう言って押し黙ると、大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳からは、堰を切ったように大粒の涙が零れ始めた。
……カローラの必死の抵抗を物語るように床に転がる、二つに折れた一本の短剣。
今、自分の腕の中で小さく肩を震わすこの少女は、勇敢にもあの苛烈王に立ち向かったのだと、その折れた短剣はゼルドパイツァーに物語っていた。
「カローラちゃんは、よくやったさ……」
ゼルドパイツァーは、カローラのその柔らかな栗毛を優しく撫でて、慰めるようにそう声をかけた。
……しかし、ゼルドパイツァーの脳裏には、同時にこんな疑問が浮かんでいた。――あの苛烈王を相手に、このか弱き少女が、一人無事でいられるはずがない、と。
確かにカローラは、背中の辺りを強く打っているようだったが、それ以外に目立った外傷は見当らない。
――苛烈王は非情な人物と聞く。
たとえ相手が女子供と言えど、情け容赦などかけるはずはない。
だが、今のゼルドパイツァーにそんなことを思い悩んでいる暇などないのだと、カローラは涙ながらにこう告げた。
「お願い、ゼルドパイツァーさん!! セリカ様を、……セリカ様を守って。悔しいけど私じゃ、セリカ様のお役には立てない……みたい」
ゼルドパイツァーは涙に崩れるカローラの顔を見ていると、そんな些細な疑問など、沸き上がる苛烈王への怒りに一気に掻き消される思いがした。
「私のことはいいの……、だから、お願い!」
「……カローラちゃん」
ゼルドパイツァーは、コクリと首肯いてカローラを安心させると、石壁の方にカローラの身体をそっと寄せた。
「ごめん……カローラちゃん」
カッカッカッカッカッカッ……。
冷たい石壁の回廊に、か弱き一人の少女を残していく後ろめたさが、ゼルドパイツァーに後を振り返ることを躊躇わせた。
そしてゼルドパイツァーは、赤い扉のある玉座の間へと向かって駆け出したのだった。
……この筒状の空間に、残響となって響き渡る足音だけを残して。