第六章 灰の大地の冬- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IV
ガタン、ギギギッッ……。
ついに玉座の間の前へと辿り着いた苛烈王は、その赤い扉を大きく二つに開くと、そこに敷かれた一本の血の色をした絨毯の上をゆっくりと歩み始めた。
その先に待つ、漆黒の魔王・セリカの元へと。
「……来たか、苛烈王」
玉座に座するその黒い影から発せられた重い錆声が、広い室内に響き渡る。
そして、悪魔の形相をした漆黒の甲冑が脇の巨大戦斧を手に、玉座から徐に立ち上がった。
苛烈王はその声を聞いて立ち止まると、その漆黒の悪魔に向かってこう言った。
「魔法で声色を変えるとは、面白い芸当だな。……差詰め、風の第九等魔法とでも言ったところか? そんな小細工に無駄な魔力を使う必要はない、精霊人の小娘よ」
その冷めた苛烈王の言葉に、セリカは重い仮面を徐に脱ぎ、美しきその素顔を露にすると、普段の澄んだその声で驚いたように苛烈王にこう問い返した。
「何故、それをあなたが……」
苛烈王はそのセリカの問いを、腰に手を当てながら冷淡な微笑み混じりで答えた。
「フフフッ、その馬鹿に重いだけの神の鍛えし鋼の甲冑を、地の魔法で支えているだけでも相当堪えているのではないか、小娘? ……だが、さすがに精霊人の娘だけあって、その素顔は至高の宝玉のように美しいな。100キロをゆうに超える鉄の塊を支えるその巨大な魔力の許容量(キャパシティ)も、知性の種族・精霊人ならではといったところか。――さて、……余が何故、其方の正体を知っているのか? と言うのだな。……ククッ、当然ではないか。何せ、十年前に其方の父たる漆黒の魔王を葬ったのは、この余自身なのだからな。娘の其方がそれすら知らぬとは、笑止」
「あなたが、お父さまをッ!!」
苛烈王によって告げられた衝撃の過去、
セリカはそう声を荒げ、眉を吊り上げながら、薄ら笑う苛烈王を睨み返した。
「フフッ、おとなしく森で狩りでもして暮らしていれば見逃してやったものを、性懲りもなく漆黒の魔王の名を復活させるとはな。神の創りし古の人形とは、なんと神々に従順なものよ。……ならば親子共々、この余自らの手で神の御許とやらに送ってやろう」
「許さない……、私はあなたを許さないッ!!!」
ザンッッッッツ!!
セリカは怒りに任せて、その巨大戦斧を苛烈王の頭上へと振り下ろした。セリカの動きは敏速を極め、それは人の目に止まるようなもの代物ではない!!
カァーーーンッ!
だが、赤い閃光を上げて、巨大戦斧は弾かれるッ!
……苛烈王は左手を腰に当てたまま、片腕でだけでその一撃をはね除けたのだった。
後退るセリカに、苛烈王は白金の剣・グラムを突き付けながらこう言った。
「その程度ではあるまい? 其方は仮にも、父と同じ『魔王』の名を名乗っているのだ。――戦慄の恐怖、かつて大陸を三分させた漆黒の魔王の名も、この程度では名折れというもの、」
「うあぁぁぁぁぁぁあああッ!!!」
この時、セリカは愛する父の仇を前にして、その行動には著しく冷静さを欠いていた。
……そして、苛烈王に挑発に乗せられるまま、セリカは二撃、三撃とその巨大戦斧の斬撃を繰り出していく!
カンッ! ギンッ!!
カァーーーン!
「フフッ、気合いだけの打ち込みだけでは余を倒せぬぞ」
苛烈王は、右手に握られたグラムを華麗に操りながら、間髪入れず繰り出される攻撃の数々を巧みに逸らしていた。
「フゥ…フゥ……、ハッ…」
セリカは苛立ち、その額を焦りの汗が流れる。
セリカの戦斧を操る技量は、決して並大抵のものではなかったが、それ以上の剣の技量を持つ苛烈王を前に、セリカは斬撃の数を加えるだけ、その圧倒的な力量の差を身を以て知らしめられる。
そう、苛烈王は強い!
恐らくこの地上には、神や竜王の力を以て以外、単身、苛烈王に抗い得る者などないのではないかという程に!!
前漆黒の魔王を倒し、伝説のウィルハルト聖剣王すらその手に掛けた苛烈王。
その無敵とも言える苛烈王、エリク・レムローズは、今だ片腕一本だけで、魔王としての実力を十分に備えたセリカの攻撃を打ち逸らしていた。
『魔王斬・烈波導ォォォォォォオオッ!!!』
セリカの絶叫が広い室内にこだまする!!
ゴガガガガガガガァァァァァアアアッ!!!!
セリカが不意に放った怒りの魔法斧は、火の神ラファスの第二魔神魔法・ノヴァフレイムをその刃に宿らせた強力な一撃だった。――たとえ戦斧による攻撃を苛烈王がグラムで防いだとしても、第二波の爆烈火炎魔法は物理的に防ぎようがなく、紅蓮の炎が苛烈王の身を焼き尽くすというものだった。
そして、魔王斬は見事に炸裂した!!!
巨大戦斧の一撃をグラムで弾いた苛烈王を、その紅蓮の炎が完全に包み込んだのである。
魔法によって精製された炎は物理法則すら超え、相手を完全に灰と変えるまで尽きる事無く燃え上がる!!
「決まったッ!!!」
セリカはこの一撃に勝利を確信した。
そう、それはセリカにとって勝利を確信させるほど強力な、必殺の一撃だったのだ。
「……フフッ、ハハハハハハッ!」
だが突然、その燃え盛る火柱の中から苛烈王の高笑いが響いてきた!
シャリィィーーーーンッ!
……そして、次の瞬間。
消えるはずのない奇跡の炎が、苛烈王がグラムを振り上げると同時に、一瞬にして消え去る。
「そ、そんな……」
火柱の中から現われた無傷の苛烈王の姿に、セリカは愕然とした。
刹那、紅蓮の炎の中で、苛烈王のその背中を眩き一条の光が貫いたようにも見えた。
言葉を失うセリカに向かって、苛烈王は髪をかきあげながらフフッと一笑すると、口許をニヤリと吊り上げながら、赤く鋭い眼光を放つ。
「残念だが其方の頼りとする六極神の力は、この余には通用せぬ。……さて、次はどうするかな? 精霊人の小娘よ、」