第六章 灰の大地の冬- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
III
カツ……、カツ……、カツ……。
単身城内へと乗り込んだ苛烈王。
漆黒の魔王待つ玉座の間目指し、敵の姿なき古城の回廊を、苛烈王は悠然とその歩みを進めていた。
庭園で死闘を繰り広げる魔物たちに、城内を守る余力などない。
古城はまるでもぬけの殻であった。
……そして、苛烈王が鉤型の回廊に差し掛ったその時、前進を阻む一つの影が飛び出し、苛烈王の前へと立ちはだかる。
「ほほう、それで余を止めるつもりか? ……ククッ、剣を握る手が震えておるではないか、小娘」
その影の主は、栗毛の少女カローラだった。
……短剣を強く握り締めるカローラの両手は、剣先を恐怖にガタガタと震わせている。
カローラは腕組みをしたまま立ち止まる苛烈王に向かって、今までに出したこともないような大声でこう言い放った!!
「セリカ様には指一本触れさせない! この城は私の全てなのッ!! それを壊そうとするあなたを私は許さないッ!!!」
カローラは己れの恐怖を吹き飛ばすかのように、腹の底からそう叫んだ。
……それでも全身から来る震えを隠すことは出来ず、それが苛烈王の表情に冷笑を誘う。
「フフフッ、……其方に何が出来る? そのショートソードで余の身体に一太刀浴びせるか? 余は苛烈王。赤き悪魔と恐れられるレトレアの死神ぞ、」
「私だけ安全な所に隠れているわけにはいかないの、……私の知らない所で、私の大切なものが消えていくのはもう嫌なのッ!!!」
「……大切な、もの…か」
カローラはそのエメラルドグリーンの瞳に、いっぱいの涙を蓄えながらそう続けた。
――その少女の姿に、一瞬だが苛烈王の血眼から殺気が消える。
「フッ……、それが強大な『敵』に立ち向かうことを決意させた、其方の理由か。……よかろう、ならば其方を小娘などではなく、一人の誇り高き剣士として、余のこの名高き白金の剣・グラムの錆にしてくれよう。――どんなに想いが高潔でも、それを行なうには『力』が必要なのだということを、死を以てその身に知らしめてやろうではないか」
苛烈王がその右手に握られた白金の剣を突き出すように構えると、カローラは勇敢にも短剣を振り上げ、苛烈王に向かって行った!
「やあぁぁぁぁぁあああッ!!」
カァーーーンッ!
ドォンッッッ!!
目にも止まらぬ速さで繰り出された苛烈王の剣撃が、火花を上げてカローラの短剣を打ち折ると、次の一撃がカローラの身体を石壁に激しく打ち付けたッ!
……刹那の出来事に、カローラは声を上げることもなく俯せに倒れ込み、ピクリとも動かなくなってしまった。
「――想いを実現させるには、力が必要なのだ。……どんなに高潔な想いでもな。フフフッ、余が全てに決着を着けるまで、そこでそうやって寝ておるがよい。悪夢にその身を呑まれるも、その悪夢に打ち勝つも、人はそれなりの対価を支払わねばならぬ。其方にその判断が出来る技量が身についた時、その時、改めてこの身に挑んで来るがよいぞ。――ただ、世の大半の者らが、余の傀儡(人形)となることで生き長らえているという事を、妥協するということも人の生きる道であり、それも一つの勇気であるという事に、早々に気付くことだな。……絶対を揺るがすのであらば、それに対する絶対と覚悟を以てせよ」
苛烈王は俯せに倒れこむカローラにそう言い残すと、再び玉座の間を目指して歩みを進めた。
……苛烈王は今のこの倒れ込むカローラの姿に、かつて皆にエリクと呼ばれ、愛されていた日々の己れの像を重ね見ていたのかも知れない。
力を持たぬ、か弱き一人の少女。
意識を失ったカローラに、今のこの言葉など当然届くはずもない。
……それはまるで過去の自分に対して発した言葉のようでもあった。