第六章  灰の大地の冬

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


II



 古城の聳える丘の下、小雪舞う灰の大地。
 苛烈王軍の統一された赤一色の甲冑が、創られた銀世界に映える。
 ……誰もがこの一戦に予感せずにはいられない、『最後』という二文字。
 数こそ前回のそれを下回るものの、これは人類の、そして漆黒の魔王という二つの勢力の、いわば『総力戦』である。
 漆黒の魔王、もしくは苛烈王の、……いや、あるいは双方にとっての最後の戦い。
 世界がセリカを失えば、『魔王』という勢力がこの地上から消滅し、人類が苛烈王を失えば、大陸に齎らされた『新秩序』は崩壊し、混沌に満ちた乱世の呼び水となる。

 ……今、一つの時代がその終焉を迎えようとしていた。

  ガシャッ!!!

 苛烈王は馬上で白金に輝く剣を高らかに突き上げ、赤き騎兵集団にこう発したッ!
「全軍突撃ッ! これより余にとって、いや我ら人類にとって、一つの終わりを迎える戦いが開始される。――大陸は余、『苛烈王』の名の元に、真に一つへと統一されるのだッ!!」
 苛烈王の力強い号令が発せられたのは、小雪の舞うこの日の白昼の事であった。
 そう叫んだ苛烈王の両眼は、血に飢えた猛禽のように鋭く、鮮血よりも鮮やかに赤い。

  ……ダカダッ!、ダカダッ!!、ダカダッ!!!

 自らが先んじて陣頭に立った苛烈王を筆頭に、剣聖ハイゼンによって完璧に統率された『赤の騎士団』がその槍先を揃え、一つの群れとなって高台の古城へと駆け上がるッ!!!

  ダッ! ダッ! ダッ!! ダッ!! ダッッ!!!

 赤い甲冑に身を包んだ二千騎の騎兵集団は、中央から盛り上がって形成された凸陣形のまま、白煙を巻き上げながら古城の城門目指して一気に駆け上がって行く……。
 堅く閉じられた古城の城門も、怒涛となって迫り来る赤き獅子の群れを前に、何らその意味をなさなかった。

 『破滅の牙ッ!!』

  ゴオォォォォォォォォォォオオオオッ!!!

 城門へと差し掛った苛烈王は、微塵の詠唱もなしに右手に火の神ラファスの第二等魔神魔法を宿らせると、一撃の元に分厚い青銅の城門を打ち破ったのである!!
「マ、マジかよッ!?」
 爆煙渦巻く城門を突破し、赤き騎兵集団の先陣をきって古城へとなだれ込んで来たその苛烈王の雄姿に、ゼルドパイツァーは度胆を抜かれた。
 それは、そのゼルドパイツァーの脇で細身の剣を身構えるリカディにとっても同じことだった。
「苛烈王、北レトレアの死神めッ!!! ……ここから生かしては帰さぬぞッ、」

  ドドドドドォォォォォォォオオオッ!!

 苛烈王を先頭に古城内へと押し寄せる赤い怒涛。
 古城の庭は瞬く間に赤一色の騎兵集団に埋め尽くされた。
 かつて、堅牢な南フォーリアの拠点を悉く陥落させてきた苛烈王と赤の騎士団。
 ……その神がかり的、悪魔的破壊力の前に、圧倒される五百の魔王軍。
 この破壊的な赤き集団の前には、城に篭もるなど何ら意味を持たなかった。
 限定された空間。
 密集し、槍先さえ擦り合わせそうなその場所で、赤き騎兵たちの動きは、微塵もその軽快さを失わない。

  カキィーン! キィーーンッ!!

 庭園は両軍入り交じる混戦となり、魔王軍と苛烈王軍の激戦が繰り広げられた。
「受けよ、妾の氷結の洗礼ッ!!!」

 『凍結剣・永久氷土ォォォォオオオッ!!!!』

  シャリィーーーーーーーーーンッ!!

 長き詠唱の後にリカディの放った渾身の魔法剣、水の神ファリスと地の神マーリスの第四等魔神合成魔法剣が、赤い騎士たち数名を薙ぎ倒す!!
「チッ!!!」
 本来なら、敵中隊を丸ごと消し去る破壊力を持つリカディ必殺の凍結剣であったが、魔法騎士でもある赤の騎士たちは、僅かに数名の犠牲でその魔法剣を中和した。
「流石は苛烈王の最精鋭、赤の騎士といった所だ、な。……侮れぬッ!!」
 まさに鬼神。
 悪魔的強さを誇る苛烈王エリク・レムローズの前進を阻むことが出来る者は、五百の魔王軍の中にあっても、漆黒の魔王のセリカと竜人一の勇者フランチェスカの両名のみであろう。
 だが、一方のセリカは古城の玉座の間にいた。
 その赤き死神、苛烈王と壮絶な一騎打ちを繰り広げていたのは、竜人のフランチェスカだった。

  カキィーンッ! シュン!! シュオーーンッ!!!

 フランチェスカは火花を散らして苛烈王の剣撃を弾くと、間髪入れずに巨大戦斧の一撃を浴びせた。

  キィーーーンッ!!

 だが、苛烈王はその一撃を軽く受けとめる。
「フハハッ、やるではないか化物。だが、これはどうかな、『火炎剣・竜破斬ッ!』」
 苛烈王は白金に輝く剣身に火の神ラファスの第三等魔神魔法を即座に宿すと、その一撃をフランチェスカに向けて放った。

  カァーーンッ! ゴォォォォォオオッ!!!

 苛烈王の剣撃を受け止めたフランチェスカの身体を、戦斧では止めきれぬ灼熱の火炎が襲った!!!
「グッ……、」
 しかし、フランチェスカはその一撃を耐え抜くと、逆に灼熱のブレスを苛烈王に向かって吐き返す!!

  グゴォォォォォォオオオオオオッ!!!

 『氷結の螺旋ッ!』

 だが、フランチェスカのその灼熱の炎も、魔法の壁に阻まれ、苛烈王には届かない!
「……ふふっ、見事だ化物。其方の強さ、技量、かのウィルハルト聖剣王にも劣らぬぞ。フフフッ、だが、それでも余の敵ではないがな。――さて、道を開けてもらうとしようッ!!!」
 苛烈王の絶叫と共に、天高く振り上げられた剣身に一条の閃光が宿る。

 『神剣・裁定ッ!!!』

  ガガガガガァァァァァァアアアアンッ!!!!

 閃光が雷撃となってフランチェスカの身体を襲う。
 苛烈王の発動させた光の神エルスと風の神クレリスの第二等魔神合成魔法剣は、とっさに防御するフランチェスカの巨大戦斧を打ち砕き、そのフランチェスカの巨体を十メートル先の石壁の城壁に激しく打ち付けたッ!!

  ドウォオオーーーンッ!!!

「グッ……ググッ」
「フハハハッ、余の神剣を喰らってもなお息があるとはな。……だが、もう動けまい。余の欲するは漆黒の魔王、ただ一人の首。そこでただじっと、変わりゆく世界を指をくわえて見物でもしているがよいわッ」
 そう言い残すと苛烈王は、襲い来る魔物たちの包囲をいとも簡単に退け、古城の城内へと一人、まるで風を切るかのように颯爽と駆け上がって行った。
 最強の竜人を以てしても止められぬものを、他の格下の魔物たちに止められようはずもない。
 傷付くフランチェスカの元にゼルドパイツァーがすぐさま駆け寄ると、フランチェスカは鮮血を吐き出しながら、ゼルドパイツァーに向かってこう叫んだ。
「ヤツヲ追エ! ……ヤツハ危険ダ、魔王サマ、守レッ!」
 そのフランチェスカの言葉に、ゼルドパイツァーは息を飲んで、コクリと一度首肯く。
 駆け出すゼルドパイツァーを背に、フランチェスカの首は力なくうな垂れるのだった……。


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