第六章  灰の大地の冬

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


I



  『灰の大地の冬』

 後に人々の記憶にそう刻まれる戦いが、……この冬、大陸の極東で起こった。
 神聖レトレア王国の苛烈王、エリク・レムローズは、自ら二千の兵たちを従え、魔王討伐の大義の元、大陸の東に広がる『灰の大地』へと乗り出したのである。

  かつて、そこには森があった。

 魔王の森と呼ばれた美しき森。
 ラファスの火に焼かれた森は灰の大地となり、その地に緑が甦ることは、二度となかった。
 苛烈王軍はその規模こそ前回の遠征の十分の一と少数ではあったが、それも苛烈王に言わせればこうなる。
「火竜を失った魔王など何事やあらんッ!! 余自らが陣頭に立ち、神聖レトレアの正義の鉄槌を、漆黒の魔王の頭上に打ち下ろしてくれようぞッ!」
 苛烈王の出馬によって意気上がる苛烈王軍。
 その苛烈王軍が魔王の城と呼ばれる古城へと押し迫ったのは、東の大地に北より遅い雪のちらつきはじめる、十二月の事であった。
 灰色をした大地に舞う白い雪。
 今、大陸史に残る激戦が、その幕を開けようとしていた……。

「いよいよ来ました。……苛烈王、エリク・レムローズ」
 セリカは古城の玉座の間で、玉座に座る漆黒の甲冑に向かってそう言った。
 今回の魔王軍の陣容は、前回のそれとは大きく異なっていた。
 火竜の死を知った竜人たちを筆頭とする、俗に『魔物』と呼ばれる亜人種たちが、続々とこの古城へと押しかけたのである。
 その総数はおよそ、五百。
 これは、亜人種に占める戦士の割合の実に90%にも達した。
 全ての者たちが皆、自らの意志によってこの戦いに臨んだ者たちである。
 皆がセリカの心を知っていた。
 人々の間で魔王と忌み嫌われ、自分たちを守る盾となるその漆黒の甲冑。
 そして、今回もセリカは人間たちに、苛烈王に、単身戦いを挑むに違いないと……。
 セリカは、そんな彼女を慕い古城に集った彼らを追い返すような真似はしなかった。
 セリカは漆黒の甲冑をその身にまとい、彼らに向かって無言のまま一度だけ首を縦に振って見せた。
「みんな、忘れていなかったのですね。……お父さまが、魔王としてなさった事を」
 かつてその玉座に座していた者の甲冑へ、セリカはそう語りかけた。
 セリカは誰よりこの父を愛し、その背中を誰よりも深く尊敬していた。
「今度の戦いは、この城で戦います。お父さまが愛したこの城を、……血で汚すことをお許し下さい」
 セリカは亡き父の甲冑を前にそう決意を述べると、ズシリと重い漆黒の仮面をその手にした。


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