第五章 色褪せゆく季節- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VIII
灰の大地の壮絶な戦いからすでに一月の時が流れ、古城ではカローラが冬支度に忙しく駆け回っていた。
そのカローラの姿を廊下の途中で見付けたリカディは、何か自分にも手伝うことはないかとカローラを呼び止める。
「そんな、いいですよ。リカディさんたちはお客さまですもの。私って、みなさんのお世話ぐらいしかできないですから、ここで頑張ってないと、本当、何もないんですよ。……剣の振り方ぐらい勉強しとくんでしたね、うふふっ」
古城の一階の廊下でカローラは、リカディにそう言って笑った。
開けた石畳の廊下から見える古城の庭園は、すでに一面が紅く秋色に色付いていた。
古城を深々と取り囲んでいた森は、今はその全てがラファスの炎によって焼失した。
現在ではカローラとセリカが丹念に世話しているこの庭だけが、古城の中の生活で目にすることの出来る唯一の緑といえた。その限られた緑も今は紅く色付き、季節の移り変りを教えてくれる。
庭を色付かせた淡い紅色に想いを巡らせると、二人には余計にこの秋色の景色が切なげに映った。
「……妾にはそんなカローラ殿が羨ましい」
「えっ、そんな、どうしてです? ……だってリカディさんは美人だし、剣も凄く強いし、それに……遠い南の国のお姫様なんでしょ」
そう言って真剣に不思議がるカローラの姿に、リカディの端正な顔から思わず笑みが零れた。
「そういう素直なところが特に、な。……フフッ、妾も剣だけではなく、料理や裁縫などといった家庭的なものにも少しは興味を抱くべきであったな。今からでは、何をどうやっていいのかさっぱりだ」
リカディはそう言うと肩をすくめ、カローラにウインクをして見せる。
「私で良かったら、お料理でも、お裁縫でも、お教えしますよ。……冬は長くて退屈ですから、その時間はたっぷりありますから」
「そうか……、ならば妾もこれを機にカローラ先生に師事を仰ぐことにしようか」
リカディはそう冗談っぽく言って、秋に色付く庭の方を見渡した。芝土の上には、落葉を集めた山が所々に見られる。
広い古城の庭だが、栗毛の庭師のおかげで庭は美しい景観に保たれていた。
「この庭園を見ていると、外の焼け野がまるで嘘のようだ」
「後でみなさんと一緒に、あの落葉でおイモでも焼きましょうねっ!」
カローラは笑顔でそう言うと、リカディを一人残して、廊下の先にある鉤型の回廊を奥へと消えていった。
カローラを見送ったリカディは、一人、石壁に寄り掛かりながら目を閉じてこう漏らす。
「フフッ……これが安らぎというものかも知れないな。――妾にとっては、華やかな王宮暮しも魑魅魍魎どもに囲まれた針の筵(むしろ)のようなものでしかなかった。……居場所を確保する為の理由作りに翻弄され、互いに権力という名の縄張りを主張しあう。それはある者にとっては金であり、また色であり、そして妾の選んだ剣であった。……だが、ここにはそれかない。特に理由がなくても、誰も何も言ってこない。妬まれることも、恨まれることも、追い落とされることもない。――そして、誰もが皆、気安く妾に声をかけてくれる……」
カッツ、カッツ、カッツ、カッツ……。
リカディがそう物思いに耽っていると、廊下の奥から聞き慣れた声が、軽快な足音と共に響いてきた。
「よっ、リカちゃんッ!! 思春期の悩みってヤツかぁ!? ……ああんッ、どーして妾はこんなに胸がぺったんこなのだぁ、とか」
現われるなりそう言ったゼルドパイツァーが、まるで品定めでもするようないやらしい顔つきで、顎に指先を当て、リカディの身体を下から上へと嘗めるように眺めた。
「フフッ、悪党ヅラのゼルドパイツァーではないか。いや、ツラだけでなく中身も腹黒であったな。何のようだ、……フフッ、貴様も相当に暇なヤツだな、」
そのゼルドパイツァーに、リカディはいつものつれなさでそう言った。
「おうよ、ちょうどこの両手を持て余してた所だせ。なんなら、大きくなるように、そのぺったんこの胸を揉んでやろうか?」
そう言ってゼルドパイツァーが十本の指先をいやらしくくねらせて見せると、リカディは自分の腰に手を当て、細い目をしてゼルドパイツァーにこう言ってやった。
「妾は別段構わぬが、後でそのことは魔王殿にきっちり報告させてもらうぞ。――悪党のゼルドパイツァーに無理矢理傷物にされました、とな」
「し、失礼しましたぁ!!!」
タタタタタタタタタタッ!!
リカディのその言葉にゼルドパイツァーは慌てて駆け出すと、一目散に古城の奥へと逃げ去っていった。
ゼルドパイツァーの背中を見送るリカディは、少し残念そうな顔をして腕組みをすると、吐き捨てるようにこう言った。
「甲斐性なしめ、……フンッ!」