第五章 色褪せゆく季節- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
V
戦いには勝利したものの、古城へと帰り着いたセリカは言葉少なく沈んでいた。
共に一世紀近い時を有してきた者の死は、セリカにとって肉親の死も同然であった。
特に父を失ってからの十年は、その父を慕う気持ちで、セリカは老人と接していたのだ。
「フランチェスカ……あなただけは、ずっと私の傍にいてね。――長く生きるということは、より多くの……別れを経験するものだから。あなたにだけは、私よりも長く生きて欲しいの。一日でも長く、……ねっ」
漆黒の甲冑を父の玉座へと戻したセリカは、そこでフランチェスカにそう語った。
今宵の古城の玉座の間は、あの日の夜、セリカがゼルドパイツァーに自らの正体を明かした時のような、淡く柔らかな月明かりで満たされていた。
「竜王サマ、死ンダ。ソレハ竜王サマノ意志。竜王サマモ、魔王サマ大好キダッタ。ソレハ、フランチェスカモ同ジ」
フランチェスカはセリカにそう言い残して振り返ると、部屋の中央に敷かれた赤い絨毯の上を、扉の方へと歩き始めた。
……そして、拳一つ分ほど開かれた赤い扉の前で立ち止まり、その扉に向かってこう言った。
「オ前ニ話アル、ツイテ来イ」
すると、扉の奥からゼルドパイツァーが気まずそうな顔を覗かせ、コクリと無言で首肯いた。
心配そうにセリカの姿を見送るゼルドパイツァーを連れ、フランチェスカはそのまま古城の最深階である地下二階の宝物庫へと向かった。
ガチャッ……。
フランチェスカは、赤茶色に錆びた宝物庫の重い鉄錠を外すと、その室内を松明で照らす。
「大層な鍵の割に、随分としけた部屋だな」
確かにそこはゼルドパイツァーの言葉通りの黴臭い小部屋だった。
……宝物庫という割に、ろくな財宝があるわけでもなく、降り積もった埃の量は、この部屋の沈黙の長さを物語っていた。
フランチェスカはその巨体で狭い室内へ分け入ると、その奥に飾られた一振りの見事な刀を手にして言う。
「……コレハ、カツテ六極神ニ抗ッタ者タチ、六大天魔王ト呼バレル六天使ノ秘宝」
続けてフランチェスカはその鋭い両眼でゼルドパイツァーをとらえるとこう語り始めた。
……それは『人』の知らぬ隠蔽された真実。
――悠久前、一万年とも二万年ともいわれる過去の時代。
世界を支配する神々、六極神に対抗した六天使が残した、六つの遺産の一つだとフランチェスカは言った。
その時代、今のセリカのような仮初めの魔王ではなく、真の魔王と呼べる六魔王・ダークフォースが、六極神に敵対する形で世界に実在したのだという。
その魔王たちは、各々が無と呼ばれる力を持ち、地上で唯一、六極神の干渉を受けない存在だった。
そして、この秘宝『マサムネ』こそ、その六魔王の一人・第五天魔王 ジラ の力が封印された至宝の刀であると、フランチェスカは語る。
六魔王たちは、自らの肉体が滅びるその時、負の遺産ともいえる魔王の力・ダークフォースを何らかの形で結晶化させ、この地上に留めさせるのだという。 ジラ はその力を己れの魂とも言えるサムライブレード、『マサムネ』に封じ込めたのだ。
「竜王サマ、自分ガ倒レタ時、コノ秘宝、オ前ニ渡セト言ッテイタ。竜王サマノ深イ考エ、フランチェスカニハ、ワカラナイ」
そう言うフランチェスカにマサムネを手渡されるゼルドパイツァーだったが、埃に塗れたその刀に特別な力があるとは感じられなかった。
特に重くも軽くもなく、埃さえ払えばそれなりに見事であることは、サムライの血を継ぐゼルドパイツァーにはわかる。抜いてみると不思議とすんなり刀は抜け、まるで最近までその刀身に手入れがなされていたかのように錆一つなかった。宝物庫の鉄錠ですらあのザマだったことから、手入れされているというには理屈に合わない。特別と感じられるのは、この錆びない刀身の材質だろう。しかし、鋼には見えるがミスリルやオリハルコンには到底見えない。第一、重さが違う。剣士のゼルドパイツァーに言わせれば、細身の割りには握りが重い。
「これが、そんなに特別なものなのか?」
ゼルドパイツァーの問いに答えるように、フランチェスカは話を続けた。
……普段は無口なフランチェスカだが、今宵のフランチェスカはその一生分を喋り尽くすような勢いがあった。
フランチェスカは言う。その刀自体が特別なのではなく、それを使う者の能力によって初めて『力』は発揮されるのだと。
そしてゼルドパイツァーが、火竜山の洞穴の中にあった祖父のあの同名の刀のことを尋ねると、あれはただのレプリカなのだとも教えてくれた。
「に、偽物を、オレん家は家宝にしてきたのか。……どおりで、あのじいさんが簡単に手放したわけだ」
「私モ、オ前ガ奴ノ孫ダト聞カサレタ時ニハ、正直、驚イタゾ。ゼルドセイバー……、奴ハ一流ノ剣士、サムライダッタ。持ツ刀、サムライノ魂タルソノ刀次第デハ、竜王サマトモ、互角ニ戦エタダロウ。ヤツノ、ソニックブームハ、一撃デ山ノヨウナ岩石ヲ両断シタゾ」
フランチェスカが昔を思い出すようにそう語ると、ゼルドパイツァーの両肩をガシッと力強く掴み、最後にこう言った。
「竜王サマ、全テヲ識ル賢者。オ前ニ、魔王サマノ事ヲ託ストモ言ッテイタ。ダカラ、秘宝ノ封印モ解イタノダ。……期待シテイルゾ」
「おう、任せろやいッ! ……フフフッ、オレ様の実力は、伝説の竜王にまで認められていたということだな」
そう言って、マサムネを頬摺りしながらしたり笑うゼルドパイツァーを階下に残し、フランチェスカは宝物庫を後にしたのだった。
「つまりオレ様は、伝説の勇者様って事かぁ、うひょーーーーーーーーッ!! 未来と美女と栄光は約束されたようなもんだぜッ。ぐししし、ハラショーーーッ!!!」
この夜、古城の地下室から響くそんな不気味な叫び声は、延々と絶えることはなかった。