第五章 色褪せゆく季節- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IV
セリカが巨大戦斧を風の刃のように操り、騎兵隊の中央に道を斬り開いていた、まさにその時だった!!
ギヤァァァァァァァアヴォォォオン!!!
北の空に現われた黒く不気味な影、それはまるで巨大な城が一つ、空中に浮かんでいるような光景だった。
「フレアロード様ッ!!」
セリカはその影の主に向かってそう叫んだ。
それはデカイ! とてつもなくデカイ!!
その巨体たるや尋常なものではなく、大きな二つの翼を広げた両翼の長さは、ゆうに百メートルを超えていた。
赤黒い、褐色の巨体の火竜。
……その姿はまさしく竜王の名に相応しく、他の翼竜たちとはその質量だけでも十倍以上の差があった。
ガァァァァアアアヴォォオオオオオン!!!
「な、なんだアレはッ!」
「か、火竜、竜王フレアロードッ!!」
竜王の咆哮が天空を引き裂き、戦場に恐怖の旋風を巻き起こす!
そう、この戦場に居合わせた者たち全てが今、『伝説』を目のあたりにしたのである。
……フレアロードのその深く裂けた巨大な口が縦方向にゆっくり開かれると、白く鋭い牙の羅列の奥が、眩いばかりの太陽色に発光した。
発光は収束し、白い一つの光弾を形づくる。
ギュウィィィィィィィィィィンッ!!
すると次の瞬間!
フレアロードから吐き出された光弾が、白い軌跡を描きながら二万の苛烈王軍の中心部へと打ち込まれた!!
ゴオォォォォォォォォォオオオオオッ!!!
光弾は着弾と同時に激しく膨張し、二万の苛烈王軍を、大地ごと根こそぎ飲み込む!!
ガガガガガガガァァァァァァァァアッ!!!
球形の大地の消滅の共に、一瞬にして蒸発した二万もの大軍。
そして、光弾の衝撃波がその一撃を免れた者たちの身体を襲った!!
そこから最も離れた位置に立つ、丘の上のゼルドパイツァーでさえその例外ではないッ!
「ぐわぁぁぁあああッ! な、なんて迫力なんだッ」
ゼルドパイツァーは衝撃波によって、引っ繰り返されるように三メートルほど後ろに吹き飛ばされると、衝撃のダメージを受け流すように器用に前転して立ち上がる。
……一瞬のうちの本隊の消滅に、馬ごとその身を吹き飛ばされた丘の上の騎兵たちは、ただ呆然と辺りを見回すしかなかった。
「ほ、本隊が消えたぞ……、地面ごと全部ッ!!!」
そして、後に残された騎兵たちはこうして自らの敗北を悟ると、慌てて起こした馬に跨がり、一目散に逃げ出し始めた。
蜘の子を散らすその光景を前に、ゼルドパイツァーはどっかりと灰の大地に腰を下ろしてこう叫んだ。
「勝った……おい、オレらは勝ったぜ、あの苛烈王によぉ!!! ふふっ、はははっ」
竜王の発した一発の光弾が、一瞬にしてこの勝利を決定付けた。
……しかし、それが伝説の竜王・火竜フレアロードの、最後の『命の炎(ブレス)』であることを、虚空を見上げるセリカは知っていた。
いや、フレアロードの身体には、この一撃を吐き出す力も残されてはいなかったのだ。――にも関わらずフレアロードは、その一撃に渾身の力を、全ての生命力を賭けて、一発の光弾を吐き出した。
……力尽き、大地へと堕ちていく火竜の姿を、セリカはそんな悲痛な思いで見つめていた。
「ごめんなさい、――本当にごめんなさい……フレアロード様」
まばたきするたびに目蓋の奥から零れそうになるものを、必死に耐えるセリカ。
漆黒の魔王セリカ・エルシィは、この戦いで火竜フレアロードを失った。
今日に至る二千年という長き年月に渡り、漆黒の魔王という存在を影で支え続けてきた竜王の翼は、もう、天空へと羽撃くことはないのだった……。