第四章  大いなる意志

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


VIII



 この年の秋、苛烈王の命により大陸中から召集された魔道士たちの手によって、魔王の森と呼ばれる東方の大密林に火は放たれた。 乾燥した秋の木々たちを魔道の炎は容赦なく燃え上がらせ、まるで火の神ラファスに後押しでもされたように、炎は瞬く間に森の奥深くへと燃え広がっていった。

「そうですか、……苛烈王が森に火を」
 フランチェスカから齎らされたこの報に、セリカは表情を曇らせて西の窓の方を見つめると、寂しげにそう呟いた。
 まだ今の時点では、この古城の三階の一室から見渡すことの出来る範囲の森に、その炎は達してはいなかった。
 ……だが、いずれはこの風景も一変し、深い緑の森は一面の焼け野原となるのだろう。
「ありがとう、フランチェスカ。心配しなくても私は平気、……大丈夫だから、ね」
「魔王サマ……」
 今のセリカに、その火の手を止める術はなかったのだ。
 幾千年の時を経て成長してきた愛すべき森の木々たちが、無情にも焼き尽くされる惨状をただ見つめることしか出来ない。
 ……その事を想う度に、そんな自分の無力さを思い知らされるだけだった。
 ――そして、あくまで平静な表情を装おうとするセリカではあったが、その右手に強く握られた拳は、歯痒さと苛立ちに震えていた。
「……ついに苛烈王が、この城を目指して動き出したということですね」
 セリカは振り返りざまにそう言うと、その場に居合わせたゼルドパイツァーとリカディに向かって、さらにこう続けた。
「私は彼らを迎え撃つ準備を整えなければなりません。……それは漆黒の魔王としての、おそらく最後の大仕事となるでしょう」
 セリカの口から強調されるように発せられた『最後』という言葉に、即座にゼルドパイツァーが反応してこう言った。
「どんなに相手が大軍だろうが、こっちにはあのじじい、もとい、伝説の火竜がいるじゃないですか、セリカさんッ!!」
 そう勢い良く言ったゼルドパイツァーに、セリカは少し間を置くと俯いたままでこう答える。
「フレアロード様はもう……ブレスは吐けません。……ブレスとは命の炎、そしてフレアロード様はこの森を復活させる為にその命の炎を使い果したのです。その為、フレアロード様は神に近いとさえ言われるその寿命よりも幾千年も早く年老いました。……フレアロード様の最後の活動期は、父の代に終わったのです」
 この時、ゼルドパイツァーの脳裏をあの日の老人の問いが過った。

  『御主にセリカが守れるのか』と、

 セリカは再び顔を上げるとリカディの方を向いて、柔らかな口調でこう語り始めた。
「リカディさん、……ついにこの城にまで苛烈王の手が及ぶ日がやって来ました。あなた方を保護するという約束も、どうやらここまでが限界のようです。バーハルトさんたちを連れて、早くこの城を離れて下さい。今ならまだ、苛烈王の追っ手を振り切ることも可能でしょうから……」
「妾を侮るでないわッ!!!」
 リカディはそう言うセリカに向かって、眉をつり上げながら声を荒げて叫んだ!!
 そして、間髪入れずにこう続ける。
「このまま逃げてしまっては、妾は真の負け犬となるではないかッ!! 窮地に陥ったからとて、はいそうですかと逃げ出したのでは誇り高き南フォーリア、ドーラベルンの騎士の名折れというもの。妾はこれ以上、生き恥の上塗りはせぬ。……バーハルトらにはこの事は強要はせぬ。が、妾はここから一歩も引かぬ。――ここは、妾が今まで彷徨い歩いて、やっと見付けた居場所なのだ。妾は最後まで魔王殿と共に戦うことを誓おう、たとえそれが死地へと赴くの旅になろうとも、な」
「リカディさん……」
 拳を振り上げ熱弁を奮うリカディのその姿に、セリカの胸の奥には熱いものが込み上げてくる。
 この黒髪の女剣士は、真に誇り高き一人の『騎士』なのだ。
 ……それを感じた時、セリカにその申し出を断る言葉は浮かばなかった。
 場の雰囲気をすっかりリカディ一人に持っていかれたゼルドパイツァーは、それに負けじと胸を叩いて堂々とセリカにこう言い放つ!!
「この、男ゼルドパイツァー!! 我が愛しのセリカ姫には、勇者きどりの馬鹿どもには指一本触れさせません! どうか、大船、それも豪華客船級の船に乗った気で安心していて下さいッ!!」
 そう言って胸を張るゼルドパイツァーが気に入らないのか、リカディはその揚げ足を取るかのようにゼルドパイツァーに向かってこう言った。
「勇者きどりの馬鹿とは貴殿のことではないのか? ゼルドパイツァー卿。――それに貴殿の言う船は、豪華客船とはいっても伝説のミリオンヒット(意味不明)船『タイタんニック』のことではないのか? ……フフッ、泥船が何を言うか。処女航海で轟沈だわッ」
「そんな憎まれ口ばっか言ってっと、貰い手のないまま行かず後家の小姑になっちまうぜ、リカちゃんっ!」
「リ、リ、リ、リカちゃんだとぉ!! それに行かず後家とはなんだッ! これでも妾は南フォーリアの美姫とうたわれておるのだぞッ!!!」
 頭にカッと血が昇ったのか、顔を紅潮させながら『行かず後家』という言葉にムキになるリカディと、したり顔のゼルドパイツァー。
 そんな二人のやり取りを見ていると、張り詰めたような緊張感から解き放たれたように、自然とセリカの口許からも笑みがこぼれてきた。





 ……そう、自分はもう一人ではないのだ。 周りを見渡せば、こんな仲間と呼べる者たちがいてくれる。

 それは心に『漆黒の魔王』という重荷を背負うセリカにとって、何よりの救いであった……。


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