第四章  大いなる意志

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


VII



 苛烈王、エリク・レムローズが残党狩りを始めたその秋には、大陸中にある全ての反抗勢力が、強大なる苛烈王の力の前に膝を屈することになる。
 こうして大陸は、人類は苛烈王の名の元に、恐怖によって一つへと統一されたのであった。
 残すはいよいよ東方の大密林の奥地、人類共通の敵として存在し続ける漆黒の魔王のみとなり、苛烈王は大陸中に散った選りすぐりの精鋭騎士団を中央大陸に位置する城塞都市、王都ガイヤートへと集結させた。
 その数は一つの都市が形成できるほどの大部隊で、全軍の総兵力は二万をゆうに超える。
 これは、城塞都市ガイヤートの総人口を70%も増加させる数である。

「いよいよだな、ハイゼン。……ついに余の手によって、大陸をあるべき一つの形へと戻す時が訪れた。漆黒の魔王の名を葬りさえすれば、名実共に余こそがこの地上の唯一無二の支配者となる。その時こそ、今までの苦難の数々を共に乗り越えてきた其方の忠義に余も報えようというもの」
 孤高の覇者たる苛烈王、エリク・レムローズにとって、この白髪の宿将、自らの出生とその秘密を唯一知る人物である剣聖ハイゼンただ一人のみが、唯一、その心を許せる存在であった。
 悠久の千年王国『北レトレア』より、発足して十年そこそこの新勢力であるこの苛烈王体制。
 その新勢力の中には不平不満を抱く者も多く、他の騎士や大貴族、諸侯たちは、神懸かり的脅威と呼ぶに相応しい悪魔、苛烈王の恐怖を前にただ膝を屈する形で、偽りの忠誠を誓っているに過ぎなかった。
 苛烈王は常に、謀反という刃の下にその身をさらされているのである。
 同様に苛烈王も臣下たちのことをチェスの駒ほどにしか意識しておらず、勝利の為とあらば、いつでも彼らを捨て駒として切り捨てるつもりだった。
 ……ただ一人、この白髪の老将を除いては。

「エリク様、相手は漆黒の魔王と呼ばれる得体の知れぬ者です。……我ら人類が魔王に兵を挙げることは、有史以来禁じられてきたタブー。あえてその禁を犯し、あの深き森の奥から生きて帰った者などおりません。……それに漆黒の魔王は、かの伝説の竜王・火竜フレアロードを従えているのです。竜王のブレスは一息で数千、いえ数万の軍勢を灰に変えるとか。しかも、あの深い森の中では大軍を押し進めるのは不可能……」
 ハイゼンが玉座の苛烈王に向かってそう意見を述べると、フフッと一笑した苛烈王は、玉座の腕木に頬杖をつき、ニヤリと口許を上げてハイゼンにこう言った。
「火竜はもう老いた、その命の炎たるブレスを吐ける力など、いまさら残ってはおるまい。それにあの厄介な深い森など、全て焼き払えばよいだけのことではないか。さすれば余の軍勢は、何者に阻まれることもなく、大挙して魔王の城へと押し寄せることが出来ようぞ」
「森を……、魔王の森を全て焼き払うのですか。あの森が消えれば大規模な水源を失い、大陸の東側は枯渇しますぞッ!!!」
 苛烈王の大胆なその発言に、声を荒げて青ざめたハイゼン。ハイゼンは首筋に冷汗が流れるのを感じた。
 その苛烈王は薄ら笑いを浮かべて、さらにこう続ける。
「フフッ、これは六極の神々の意志なのだぞ、ハイゼン。――天空の神々にとって、大地を這い回る人間どもなど、殺してもすぐにわき出てくる虫けら同然に過ぎないのだろうな。人がいくら飢えて死のうが、偉大で高邁なる身勝手な六極の神々どもにとって、それは大地という名の庭掃除に過ぎないのだろう。……それに、余は失うものなど、もう何もない。ならば、神々の望みとやらを叶えてやろうではないか。これは六極の神々どもが始めたゲームなのだからな。――フフフッ、……所詮は余も、チェスの駒の一つに過ぎないということらしい。差し詰め、余を便利なクイーンとでも思っているのならば、そう思わせておいてやればいい、」
「エリク様……」
「だが、……最後にその神どもの定めし運命を素直に受け入れてやるかどうかはこの余自身の決めること。その時こそ余は、真に余自身と向き合うことになるのだろうな。チェックメイトを受けるのは、余か、それとも……フフッ」
 苛烈王はハイゼンにこう漏らした後の軍議にて、即座に全軍の諸将に向け、魔王討伐令の号令を発した。
 苛烈王は直轄の軍、最精鋭たる赤の騎士団二千と共に自らはガイヤートに残留し、精鋭の四個騎士団を含む二万もの大軍を東の魔王の森へと押し進めたのである。

 ……ハイゼンは軍議の後、苛烈王の残留の命により、ここ城塞都市ガイヤートに残ることとなり、王都の守りを一任された。


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