第四章 大いなる意志- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VI
……戦争とは、多感な時期を送るエリクにとってあまりに残酷なものだった。
そして、変化は突然と訪れる。
「お兄さまたちが、戦死……。そんな、いやぁぁぁぁぁああああああッ!!!」
二人の兄の死を告げる甲冑姿のハイゼンの前で、エリクは絶叫して泣き崩れた。
黒髪の硬骨漢、剣聖ハイゼンは、エリクにかける言葉すら浮かばず、ただじっとその場に立ち尽くし、拳を震わせるしかなかった。
泣き叫ぶ一人の『少女』の姿が、ハイゼンの胸を深く抉る。
――この少し後、……先の南フォーリアとの戦いでの二人には、何か奇妙なぎこちなさがあったのだと、エリクはハイゼンより聞かされた。
……普段から息の合った名将ぶりを発揮していたローヴェントとカルサスの二人であったが、先の戦いにあっては一向に指揮が奮わず、その共同作戦の悉くに失敗。そして最後には、敵の包囲殲滅に陥り、強敵ウィルハルト聖剣王を前に、若きその命を戦場に散らしたのだという。
「エリクが、エリクがいけないんだッ!!! ……エリクが、お兄さまたちの心をかき乱したせいで!!」
エリクは終始、その責任が自分にあるのだと己を責めた。
――取り乱すエリクの姿が、ハイゼンには痛々しく、辛い。
こんなことならば敗戦の理由を告げるべきではなかった。……と、ハイゼンはその事をすぐに後悔してやまなかった。
――そしてこの時、彼は同時にこう決意する。
……不様に生き残ってしまったこの命、この『エリク』ただ一人の為に捧げようと。
それが絶大なる力を持つウィルハルト聖剣王を前に、彼の恐ろしさを十二分に承知しながら、二人の王子を守り抜けなかった、己れの腑甲斐なさに対する対価なのだと。
これから起こり得るであろう北レトレアの混乱が、ハイゼンには目に浮かぶようだった。
北レトレアは実質上の指導者を失った。
父王のフレグラスはすでに病床に伏しており、余命幾許もない状態だった。次期国王候補の兄たちが消え、このままではその王位が第三王子であるエリクに回ってくるのは必至だった。
果たしてこのエリクが、疲弊して混乱の色を増すこの北レトレアを背負い立つことが出来るのか。
……しかし直後、そのハイゼンの心配は無用のものとなる。
― この日以来、エリクは変わったのだ。 ―
いや、奇跡が強制的にエリクそのものを変えたのだといっても過言ではない。
眩き閃光……。
――エリクの姿が一瞬、強烈な光の中に飲み込まれ、ハイゼンの目前から姿を消したその時から。
……再び光の中から姿を現したエリク。
その穏やかだった表情から優しさが消え、入れ替わるように、赤い血眼には殺気が満たされるようになる。
エリクは二人の兄の墓前で、その柔らかく背中まで伸びた長い赤毛を肩まで切り、ハイゼンにこう冷淡に言った。
……それは、以前のエリクとはまさに別人と言えた。
まるで悪魔にでも憑依されたかのように。
「ウフフッ……私は光の洗礼の中で、神の啓示を受けたんだよ、ハイゼン。――六極の神々は私にこう語ったんだ、『大陸を一つにし、新秩序を打ち建てよ』ってね。私はいずれ父王の死と同時にこの国の王を名乗り、北レトレアの精強なる騎士たちと共に大陸を一つにする戦いへと赴くことになるのかな。ウフフフッ、暫らくはお姫さまのような王子さまを演じてやってもいいよ。突然の変化は、奇跡を目の当たりにした剣聖殿にしか、到底理解しがたいことだろうから。その間に、私に取って代ろうとする大貴族や諸侯どもの掃除もやらないといけないし、ね。……ハイゼン、私の戦いはこの日より始まったんだ。私は六極の神々たちの意志と、絶大とも呼べる奇跡の力を以て、この地を本来あるべき一つの形へと統べてみせるよ。もう……失うものなんて何もないから、ね」
後に北レトレア王となったエリクは一時、その美しき容姿と肩を流れる絹のように細く柔らかな赤毛から、美髪王とも呼ばれたが、徐々に頭角を表してくるにつれ、貴族や諸侯はエリクの底知れぬ力と恐怖に慄くようになり、その容姿に似合わぬ苛烈さから、後にレムローズ苛烈王と呼ばれるようになる。
そして、苛烈王の名は恐怖の代名詞として世に語られるようになった。
この日以来、ひとかけらの優しさも、一粒の涙も見せることなくエリクは苛烈王として、大陸制覇への野望へと向かって突き進んだのだった。
……それはあまりに非情で、あまりに凄惨な戦いの幕開けであった。
苛烈王となったエリクは、その名に恥じぬ、吹き荒れるブリザードのような苛烈さと絶大なる恐怖を以て、大陸全土にその触手を伸ばしたのである。
……悪魔的な強さ、強靭な精神力に破壊的な殺戮。
苛烈王の名の元に、悠久の千年王国・南フォーリアは、僅か数年の内にその名を歴史の闇へと葬られた……。
「余は苛烈王、エリク・レムローズである!」
この名が轟く時、人々はその恐怖に内震え、誰もが抵抗することなくその手の武器を捨てた。
……そして、なおも抗う者たちのその先には、残酷な『死』という現実が待ち受けていた。