第四章  大いなる意志

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


III



「何でぇ、じじい。こんな所へ連れ出しやがって」
「いいから、黙ってついてこんか、」
 茶会の席も一頻りたけなわを迎えると、干柿じじいはゼルドパイツァーを連れ立って、洞穴のさらに奥へと進んだ。
 鉱山に掘られた坑道のような長い一本の道を奥に進むにつれ、徐々に蒸し暑さが込み上げてくる。
 そう、その道は火竜山の火口近くへと向かって延びているのだ。

「直に見るとすげぇ迫力だな、――おいッ!まさか邪魔者のオレをここに突き落とす気じゃねーだろうな!?」
 二十分ほど歩いただろうか、そこにはドーム状の巨大な空間が広がっており、底には直径百メートルはあろうかという火口が、灼熱のマグマを湛えながら口を開いていた。
 露出した肌は灼けるように熱く、次いでその熱さがゼルドパイツァーの全身を支配した。
 その異様な熱さにゼルドパイツァーが慣れるまでの間、老人はじっと、溶けたマグマの対流する火口の方を見つめていた。
「……儂は己の罪を償う為に、精霊人の一族に、……いや漆黒の魔王を名乗る者に協力を約したのじゃ」
 その火口を見下ろす老人から、そんな言葉が漏れた。
「罪?」
 いつになく真剣な老人のその面持ちに、言葉はその重みを増した。
 ――この老人のただならぬ雰囲気に、ゼルドパイツァーは、暫しの間、押し黙ることになる。……静かにこの老人の一言一句に耳を傾けることにした、ゼルドパイツァー。
 火口付近の熱気が、二人を焼き付けるように赤々と照らす。
「……まだ若き竜だったあの頃の儂は、己が地上で唯一の、至高の存在であると信じて疑わなかった。最強の種と呼ばれる竜族の竜王。……そして、その竜王という器すら飽き足らなかった儂は、さらなる高みを目指して、この火竜山に眠るといわれる、創造の力、大地の力を解放した。――この大地に住まう全ての生命体の頂点に立ったと思い込んだ儂は、世界を支配するとされる六極神にさえ抗い得る、唯一無二の存在であるという確信が欲しかった……。かつての伝説の名で登場する『六大天魔王』と呼ばれる者たち。六極の神々にも拮抗しうる『力』を得た、彼らのように」
 老人の顔は次第に苦悶に歪み、眉を顰めてこう続けた。
「その力、儂の欲した火竜山に封印されし大地創造の力は、儂の想像を遥かに超えるものじゃった……。それは、慢れる我が身に裁きは下された、六極神・火の神ラファスの怒りじゃったのだろう」
 ――老人は語る。
 その後、大噴火を起こした火竜山は、広大な魔王の森の全てをことごとく焼き尽くし、罪無き精霊人たちの村々を次々と壊滅させ、その命を奪い去ったのだと。
「ラファスの怒りに、この儂ではどうすることも出来なかった。――木々や生命を奪う紅蓮の炎、儂はその時、初めて『ラファスの炎』という、六極の神の恐ろしさを知った。――最強の火竜、竜王などと浮かれている自分が、いかに無力で愚かだったのかと……」

 ――それから千年、二千年ともいう永遠にも思える悠久の時を経て……、火竜フレアロードは地の神マーリスの加護の元、その刻に相応するだけの莫大な命の炎を喪失しながら、以前の森の姿を取り戻したのだという。

「高い丘の上にある、今は古城が建っておるその場所が、セリカたちの一族を守ってくれたのが儂にとっての救いじゃった……。しかし儂のその愚かさが、精霊人という六極の神々の定めし地上世界の管理者を、絶滅の危機へと追いやったことは、紛れもなき事実……。しかもまた、昨今、まるで呪われたかのように、精霊人の一族が次々と滅んでいってしまった」
 老人は力なくそう言うと、次の瞬間、鋭い眼光を放ってゼルドパイツァーの両肩をがっしりと掴んだ。
 ――とても老人とは思えぬ膂力が、ゼルドパイツァーの肩を力強く掴むその両手からヒシヒシと伝わってくる。
 この時、ゼルドパイツァーはこの老人が紛れもなく、火竜にして皆に『伝説の竜王』と崇められるフレアロード自身なのだと感じたという。
「……今や、その精霊人の血を継ぐ者もセリカただ一人のみとなってしまった。……御主にセリカが守れるか? あの子はもう十分に限界を超えて戦っている。――世界を相手に一人で戦い、その定めを背負おうと己れを殺して、……今まであの子はそうやって定めに生きてきたのじゃ。漆黒の魔王などとは偽りの仮面、中身はか弱き一人の女でしかない、」
 老人がそう詰め寄ると、その手にはさらに力が込められる。
 威圧するように見据えられた老人の竜のような鋭い眼光。
 その圧倒的なプレッシャーからか、ゼルドパイツァーは指先の自由すら侭ならないでいた。
 そうして、少し間を置いたかと思うと、老人は再びその口を開いてこう言った。





「もしも、御主が祖父ゼルドセイバーと同じ力、資質を持った、……『無属性の力(ダークフォース)』を受け入れることが出来る『無の有格者』であるならば、古の契約によって、どんな『敵』にさえ抗い得る力を得ることが出来よう。――この世界の始まりと共に存在し、世界を根底から支配する六極の神々の意志にさえも」
「無の力……ダーク…フォース!?」
 この時のゼルドパイツァーは、この老人から繰り出された言葉の数々に、唯々圧倒されるばかりであった。
 そして、老人は最後にゼルドパイツァーにこう述べた。
「……六極の神々といえど、決して『絶対』の存在ではない。若き日に儂を過ちへと走らせたもう一つの真実。――六極の神々の支配をも寄せ付けぬ無の力と呼称されしモノの存在。……神々の『光』が強烈であればこそ、また、それに比例して照らしだされる世界の『闇』は巨大になる。そして世界には、そのことに気付き始めた者たちがいた。あの時の儂を含め……、なっ」


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