第三章  誇り

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


IX



 セリカは以前ほど、故意に漆黒の魔王としての正体を隠そうとはしなくなっていた。
 ゼルドパイツァーという一人の人間との日常が、彼女のその意識を変えるに至ったのかも知れない。

 そしてセリカは廃墟と化した村の中で、行き場を失って意気消沈するリカディたちを、森の古城へと受け入れることを決意する。
「妾に、魔王の軍門に下れと? それは確かに有り難い申し出だ。――これから大陸中で大規模な南フォーリアの残党狩りが始まるだろう。……そんな中、深い森の奥、我が身の安楽のみを一心に願うか」
 リカディはこう言って、さらに話の先を続ける。……バーハルト以下六名の生き残りの騎士たちは、その運命をリカディに委ねる決意だった。
 そしてリカディの気高さが、恐らくこの申し出を拒否させるであろうことも予想していた。
 そんな中、リカディの口から意外な言葉が飛び出した。
「妾は自らが思う以上に、愚かで無力な人間だ。――今回も彼ら、誇り高き第十六鉄騎団の騎士たちの助力がなければ、その命をこの地に散らしていたことだろう。……申し出、有り難くお受けする。――妾は生き残った彼らを、騎士の誇りとやらの為に、再び戦場へは駆り立てたくはない。そこは……戦場とは呼べぬ死地であろう」
「殿下……」
 バーハルトら騎士たちの視線を一身に集めたリカディは、彼らの前で深々と頭を垂れた。
「すまぬ、妾は卿らの名を保身の道具に使ってしまったようだ……」
「リカディ殿下ッ!!」
 リカディのこの言葉に、騎士たちは各々の剣を膝で叩き折ると、一斉にリカディの前に跪いた。
 ――騎士の魂と呼べる剣を折ることで、彼らはその騎士の誇りを捨て去ったのだ。
 そして、蒼き鉄仮面の騎士バーハルトは言う。
「我らの誇りがあるとすれば、それは『剣』ではなく、『殿下』という主君を得た事であります。――惜しむらくは、先の大戦に殿下が元服しておいででなかったことです。殿下がおられれば、我が第十六鉄騎団、二百余名の騎士たちも無駄に命を散らす事もなかったでしょう……」
「卿らを得られたことを、妾は天に感謝しよう」
 その時、俯いたままのリカディの瞳から、一粒の銀光の雫が錆びた大地へと流れ落ちた。


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