第三章  誇り

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


VIII



「あれが漆黒の魔王、……なんと美しいのだ」
 セリカの方を見つめる蒼き鉄仮面の騎士バーハルトから、そんな言葉が漏れた。
 リカディは、疲れた様子でその場にへたり込むと、絶望したかのような面持ちでこうこぼした。
「……妾に帰る場所はもう何処にもない。――馬鹿な騎士たちを煽って村を襲わせたのが苛烈王の策ならば、事はすぐに大陸中に知れ渡ろう。――言い訳など通用せぬ……我ら南フォーリアの騎士たちの名は、非道な殺戮者の代名詞として幾十倍にも誇張され、その名を大陸全土に語られることであろうな、」
 リカディは、その苦虫を噛み潰したような顔を両手で覆い、己の無力さを呪った。
 ……リカディは文字通り、死力を尽くして戦ったが、結局はただの同士討ちに終わり、村一つを壊滅させるという最悪の形で幕を閉じたのである。
 ――その手を、かつての同胞たちの血で染めるというこの上ない不愉快さと、村人たちの断末魔の叫び声に必至に耐え、リカディの精神は肉体よりも遥かに消耗していた。
「そんなところで落ち込んでても、何にもなんねぇぜ、お姫さんよぉ」
 腕を膝に組んで蹲るリカディに、そう言って救いの手を差し伸べたのは、したり顔のゼルドパイツァーだった。
「フフッ、悪党の貴様に同情されるようでは、いよいよ妾も終わりだな……」
 そんな憎まれ口を言いながらも、リカディはゼルドパイツァーのその手を強く握った。
 ――そして、ゼルドパイツァーがリカディの身体を引っ張り起こすも、リカディは握ったその手を離そうとはしなかった。
「オレの手がそんなに気に入ったのか?」
 リカディの白い手がその握力で赤みを帯び、気が付くと石のように固まってしまっていた。
「こんな小汚いガサガサの手など、いつまでも握っていられるものかっ。……離れぬのだから仕方ないではないか」
 リカディはそれを否定するように、視線を逸らして強く言った。
「言ってくれるねぇ……」
 ゼルドパイツァーは、硬直した方の手を手前に引き寄せ、くるりとリカディの身体を半回転させると、もう一方の手を器用にリカディの背中から肩へと回した。
「な、何をするッ!?」
 突然のことに、リカディは戸惑いながらそう言った。
 ゼルドパイツァーは、リカディの耳元にフゥーッと暖かい息を吹き掛けながらこう囁く。
「全身の力を抜いて、大きく深呼吸してみな。そうすれば、緊張なんてすぐにほぐれる。……初陣なんて、みんなこんなもんだぜ」
 リカディは吹き掛けられる息に頬を赤めながらも、ゼルドパイツァーの言うがままに深く息を吸った。
 ――すると、驚くように手の硬直が解け、その手に自由が戻った。
「フンッ! いつまでそうやっている気だッ」
 リカディは自由が戻ったその手で、背後のゼルドパイツァーを勢い良くはね除ける。
「お、おいッ!?」
 そのゼルドパイツァーは、つれないなぁ、といった感じでリカディの方をじっと見つめた。
「一応、礼だけは言っておく。――貴様のようなヤツに貸しをつくると思うだけで、虫酸が走るからなッ」
 微塵の感謝も感じられないその言葉とは裏腹に、リカディの頬は僅かに弛んでいた。
 ゼルドパイツァーは、まあこんなものだろうという感じで頭を掻く仕草をして見せる。
 二人がこんなやり取りをしている間に、漆黒の甲冑に身を包んだセリカが、蒼き騎士たちのいるこちらの方へと近付いてきた。
 間近に見るセリカの凄艶に、バーハルトら取り巻きの騎士たちは言葉を失う。
 細い繊維の緑髪が夕陽の黄金に溶けるように映え、その笑みは天上の天使の微笑みを思わせる。
 そして、セリカは蒼き騎士たちに言った。
「……安心して下さい、私は貴方がたに危害を加える気はありません。その所属がどうであれ、村を救うために戦った勇者たちを、私は厚く遇するつもりです。――残念ながら、貴方がたの目的は果たされませんでした。ですが、貴方がたの取った行動を六極の神々は祝福なさるはずです。――正しいことが必ず報われるとは限りません、それによって自信や信念を失うこともあるでしょう。……でも、どうか今日の日のことを忘れないで下さい。心の奥底を突き刺す大きな傷としてではなく、より正しい正義を導く為の、その糧として」
 そう柔らかに語るセリカの姿が、一同には、漆黒の甲冑に翼を拘束された、純潔なる天使のようにも映った。





 重い甲冑は、人が天使を地上へと止めおく為に繋いだ、黒き鉄の鎖……。
 ――その重さは人の罪を表し、その漆黒は人の悪そのもののようにも思えた。
 表裏一体の絶望と希望を背負うセリカの顔には、光輝に満ちた高潔な笑みが浮かべられていた……。


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