第三章  誇り

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


VII



 セリカたちがカリアの村に辿り着いた時には、すでに村は騎士たちの狂行により壊滅していた。
 陽は西へと傾いていたが、その姿が地平へと没するにはまだ数刻の猶予がある。
 セリカたちを乗せた翼竜は、南フォーリアの騎士たちが激しく剣を交える村の中央へと、直に降り立った。
 リカディたちの奮戦で敵騎士たちはその数を五十名ほどに減らしていたが、そのリカディもバーハルト以下六名の蒼い鉄仮面の騎士たちを連れるのみである。
 ……十倍を超える敵に対し、リカディたちの疲労は限界に達していた。

「漆黒の魔王か、フフッ……それに小悪党のゼルドパイツァー」
 リカディは、降り立ったセリカたちに皮肉っぽくそう言ったが、その表情からは微かに笑みが零れていた。
 リカディの『魔王』という言葉に、ついに来るべき敵が現われたと、敵騎士団は騒めきたつ。
「あれが漆黒の魔王か……竜人も連れているぞッ!!」
 ――黒き異形に、巨大な暗黒の戦斧。
 村を焼く熱風がその闇色の外套を翻らせる。
 セリカは村の惨状を見渡すと、悪魔の咆哮のような声で殺戮者たちに語りかけた。
 ――以前のセリカとは声質そのものがまるで違う。





「この浄罪の戦斧が、愚かな罪人を裁くであろう。……犯した罪に相応する恐怖を」
 セリカが高々と戦斧を振り上げると、敵騎士たちは一斉に怯んだ。
 その恐怖が両腕を伝って、敵騎士たちの血塗られた両刃剣をガタガタと震わせる!

 背後からセリカを見つめるゼルドパイツァーは、その迫力に言葉を失った。
「魔王サマ、怒ッテル。……フランチェスカ、怒ル」
 セリカとほぼ同サイズの戦斧を手にしたフランチェスカが、ぽつりとそう言い残してゼルドパイツァーの脇を通り抜けると、そのままセリカの横に並び立った。
 ゼルドパイツァーもそれに遅れをとるものかと、対抗意識でも燃やすかのように両刃剣を抜いて、勢い良く敵騎士たちの前に飛び出した!!
「さぁ、かかって来いやァ!! それとも、腰が抜けちまって立ってるのがやっとってか? 無力な村人襲うぐれぇの悪事なら、そこらの山賊だって出来るってもんだぜ、高潔なる騎士さん方よぉ」
 ゼルドパイツァーのこの挑発が戦端を開く形で戦闘は開始される。
 ……リカディたちも、その疲労した身体を押して戦闘に加わろうとしたが、もはや力の差は歴然としていた。

  ヒュン! ヒュン! ザシュッ!!

「ぐわぁぁぁぁあああああああッ!!」
 先端に巨大な鉄の塊を付けたような戦斧をセリカは風を斬るかのように素早く振るった。
 鉄の鎧でさえ紙のように切り裂く巨大戦斧は、騎士の両刃剣などあっさりと叩き割り、そのまま敵騎士たちの身体に、その重い刃を深々と突き立てた。
 ……騎士たちはセリカに一撃も浴びせることなく、次々と血の海に沈んでいく。
 ――逃げ出そうとする者にはフランチェスカの巨体が容赦無く立ちはだかり、その背後をゼルドパイツァーが襲った。
「ひいぃ! た、助けてくれぇ!!」

  ザクッ!!

「がはっ!!!」
 セリカは命乞いをする者にも、決して容赦などしなかった。屍から巨大戦斧を抜き去ると、吐き捨てるように言う。
「貴様にそう叫んだ村人が、その手に武器を持っていたかッ!」
 ……漆黒の仮面の奥のセリカの瞳は、銀光で満たされていた。
 ――そしてセリカは、このくだらない戦いをいち早く終わらさせる為に、逃げ惑う敵騎士たちの密集した方向へ、その左手を伸ばした。

 『大地滅壊(アースブラスト)ッ!!』

 セリカの左手が緑色に発光したのを見て、リカディは絶叫する!!
「魔王はマーリスの第三等魔神魔法を、詠唱もなしに発動出来るのかッ!!!」

  ゴゴゴゴゴォォォォォォォオオオオッ!!!

「な、なんだ、ぐわぁぁぁぁああああッ!!」
 錆色をした大地が突然割れ、密集した敵騎士たちのその身を貫くが如く、槍のように鋭い無数の岩が隆起した!!
 ――それに生き延びた騎士たちも、今度は大きく口を開けた大地に飲み込まれ、地中深くその姿を消していった……。

 セリカのこの一撃が完全に勝敗を決した。
 最後に残った数名の騎士たちは、ゼルドパイツァーを押し退け、村から逃げ去って行く。
「逃がすかよッ!!」
 それを追おうとしたゼルドパイツァーを、フランチェスカが巨大戦斧を持つ右手で制止してこう言った。
「魔王サマノ怒リ消エタ。モウ、……殺スノハ終ワリダ」
「チッ……」
 納得のいかないゼルドパイツァーが舌打ちして振り返ると、そこに力なく肩を落とすセリカの姿が目に飛び込んできた。
「セリカさん……」
 ゼルドパイツァーはその両刃剣を錆びた大地に突き立てると、慌ててセリカの方へ駆け寄っていった。
 ……重い漆黒の仮面を脱いだセリカは、今にも零れそうな涙を人差し指で拭い去ると、いつもの柔らかな声でゼルドパイツァーにこう語りかける。
「……この手がどんなに血で汚れようとも構いません、それを覚悟で私は『漆黒の魔王』になったのですから。――でも私は、カローラとの約束を果たせなかった……」

 ゼルドパイツァーは、そう悲しげに呟くセリカに、かける言葉すら思い浮かばない自分を歯痒く思うのだった……。


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