第二章 胎動- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IX
セリカの言う洞穴に、火竜の姿はなかった。
……が、奇妙な風貌の老人が、そこに立っていた。
黒のタキシードに花柄の蝶ネクタイ、その手には花束が握られている。頭の方は磨かれた玉のように見事にハゲあがっており、白い髭を仙人のよりも偉そうに生やしていた。
……一見、ただのイカレじじいだ。
「フレアロード様、お久しぶりです」
荷馬車を下りたセリカは、そのイカレた老人に恭しく一礼した。
「んもぅ、セリカちゃん。一月間、すんごぉく長かったんじゃよーぉ。わしゃ一日千秋の思いでずーっと待っとったんよネ」
老人は馴々しくセリカの白い手を握りながらそう言うと、花束を手渡して、洞穴の中へとセリカをエスコートし始めた。
「こ、この干柿じじいが、火竜フレアロードってかぁ!?」
荷馬車の上で絶叫するゼルドパイツァーを見て、老人は冷淡に呟いた。
「……セリカちゃんよ、わしゃあんなのいらんよ」
そのまま老人は、貢ぎ物の満載された荷馬車とゼルドパイツァーを残して、セリカと共に洞穴の奥へと消えていく。
「ま、待てぇ、この干柿じじぃがぁ!」
ゼルドパイツァーは荷馬車を飛び降りると、二人(?)を追って洞穴の奥へと駆け出した。
――洞穴の中には、見事に装飾された豪奢な一室が広がっていた。
そこは、様々な調度品で飾り立てられており、壁や床には水晶を加工したもののような四角いタイルが隙間無く敷き詰められている。
……とても洞穴の中とは思えない、実に手の込んだ造りになっていて、まるで何処かの高級クラブのようだ。
無数の照明に照らされた室内は、穴の中とはいえ非常に明るい。それはランプではない、もっと強い光源なのだが、それが何なのかはゼルドパイツァーにはわからなかった。
「な、なんじゃこの部屋はっ!?」
ゼルドパイツァーは、干柿じじいが伝説の竜王であることにも驚かされたが、この部屋の造りにも正直いって驚きを隠せなかった。
「……なんじゃ、貢ぎ物の若造か」
部屋の中央に置かれた豪華なピンクの椅子にふんぞり返って、干柿じじいは言った。
「オレは、貢ぎ物じゃねぇ!」
「そんなことはどうでもいいんじゃて、それより若造、儂は月に一度しかないセリカちゃんとの、このラブリィな時間を過ごす為に、魔神をも凌ぐ絶大なる魔力を消費して、わざわざ疲れる人化までしておるんじゃ」
……強力に無駄な、宇宙規模の魔力の浪費である。
干柿じじいはそれから、じいさん得意の説教話よろしく、長々とその事情をゼルドパイツァーに事細かく説明した。……というより、一方的に話を押しつけてきたといった方が正しい。
その意味もなく長い無駄話によると、干柿じじいは、普段は一応、本物の火竜として火口付近に生息しているらしく、セリカが月に一度、貢ぎ物を持って挨拶にやってくるこの日だけは、たぬきやキツネの類よろしく、人間の姿へと変化し、セリカとお茶を楽しみにこの場所へとやってくるのだと言う。
……とんでもないクソじじいだ。
この時、すでにじじいの伝説の竜王としての威厳など、ミジンコほどにも失われていた。
「ふん、わかったか若造。とっとと何処へなり立ち去るがよい!」
「まあまあ、フレアロード様。この方はゼルドパイツァーさんといって、私が日頃お世話になっている方なんです。今日も貢ぎ物の荷造りを手伝ったりしてもらって」
セリカは干柿じじいを宥(なだ)めると、テーブルに置かれた急須で三人分のお茶を入れた。
「……セリカちゃんがそこまで言うなら仕方ないのぉ。――んんっ? ゼルドパイツァー……何処かで聞いたような名じゃのぉ。それに、その悪党ヅラ」
干柿じじいがそうやって考え込んでいる間に、ゼルドパイツァーは干柿じじいと向き合うように置かれた長椅子に腰掛けた。
次いでセリカも、ゼルドパイツァーに並ぶように腰掛ける。
「若造はそこの壷にでも座っとれぃ!! ひっくり返せばおぬしには十分過ぎる椅子の出来上がりじゃわい」
干柿じじいは、謀らずしてセリカと並び座ることになったゼルドパイツァーに、恨めしそうにそう当て付けた。
「無茶苦茶言うな、干柿じじいがッ!」
絶叫するゼルドパイツァー。
「ほ、ほぉーっ」
ゼルドパイツァーのその姿に、干柿じじいは何かを思い出すようにして、一つ手をポンと打った。
「……そう、思い出したわい。――その悪態のつき方、ゼルドセイバーという悪党クリソツじゃわい」
干柿じじいの口から出たのは、ゼルドパイツァーにとって馴染みの深い名前だった。
「……じっちゃんの、知り合いなのか?」