第二章 胎動- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VIII
……あの日から三日の後、ゼルドパイツァーは、朝っぱらからセリカに連れられるまま、森の北側にあるという火竜山へと向かった。
火竜山……そこには、伝説の竜王・火竜フレアロードがいる。
「馬車で五、六時間の所に火竜山はあるんです。――割と近いから翼竜で行ってもいいんですけど、貢ぎ物はやっぱり昔からこうして運んでるものだから」
コトコトと揺れる荷馬車いっぱいに積まれた荷物は、全て火竜への貢ぎ物なのだと、純白の絹のドレスに身を包んだセリカは言った。
華麗な姿のセリカの横で荷馬車に揺られ、ピクニック気分のゼルドパイツァーだったが、あの目障りなワニがいないことも、ご機嫌な理由の一つだった。
「フレアロード様は竜族の王様だから、フランチェスカは頭があがらないの。フランチェスカったら、私が城を留守にする間の留守番だって言うのよ。……まあ実際、それで助かっちゃってるんだけど、ね」
セリカは、笑いながらゼルドパイツァーにそう言った。
森での生活に慣れたせいか、初めにゼルドパイツァーが感じていた薄暗い森というイメージは完全に消え去り、今ではこの情景を美しくさえ感じるようになっていた。
――それはただ、隣に座るセリカの美貌によって、周りの木々が引立てられているだけなのかも知れないが……。
「ワニなんぞ、留守番で十分ですよ」
「うふふ、言っちゃいますよ。ゼルドパイツァーさんも、早くフランチェスカと仲良くなって下さいねっ」
森の中には古い街道があって、セリカはその細い道を北へと荷馬車を走らせていた。
淡々と続く同じ情景の中で、頭上から垂直に射し込む木漏れ日だけが、今の時刻を告げていた。
「もうすぐ着きますから、お昼は向こうでいただきましょうね」
その言葉にゼルドパイツァーが首肯くと、セリカは慣れた手付きで手綱を引いて、森の脇に延びる小径(こみち)の方へと荷馬車を向けたのだった。
「ただの深い森だとばかり思ってたら、いろんな所に道が延びてるんですねぇ」
ゼルドパイツァーがセリカにそんなことを聞くと、セリカは少し黙ったかと思うと昔を懐かしむようにこう言った。
「……私が小さい頃、よく今みたいに父に連れられて、火竜山へと行ったものです。その頃からすでにこの道は廃れていて、街道としての役割を果たしてはいなかったみたいですけど」
この道は遥かな昔、森に繁栄していた自分達の祖先が作ったものだとセリカは言う。
「詳しいことはわかりませんけどね」
そんな話をしている内に、森は次第に開けて、頭上には何処までも澄んだ青空が広がって来た。
そして小径の延びるその先には、かつての激しい噴火を物語るように荒々しい岩肌を見せる、火竜山の姿があった。
その頂は、空に棚引く雲を貫き、絶える事無い白煙を力強く吹き上げている。
「あれが、火竜山です。城の展望台から見ると目と鼻の先のような感じですけど、こうやって直に見上げると、やっぱり凄いですね」
セリカは火竜山を見上げて、しみじみとそう語った。
――確かにそれは見る者の圧倒する迫力であったが、これではとてもお昼時までには辿り着けそうもない。
「……本当に、アレを登るんですか?」
ゼルドパイツァーは不安げにそう尋ねる。
「そんな、それじゃあ、丸々一日かかっちゃいますよ。――きっと今頃はもう、フレアロード様が下の洞穴の方で、私たちが来るのを待ってらっしゃいますよ」
セリカのその言葉に、ホッと胸を撫で下ろすゼルドパイツァーであった。