第二章  胎動

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


VII



  ヒュウーーーーーーーーンッ……。

 ――侵入者リカディをカローラ特製の弁当によって撃退(?)したセリカ一行は、赤い夕陽を背に受けながら、古城への帰路へとついたのだった。

「でも、すげぇ喰いっぷりだったな。……ありゃ、三日は喰ってねぇクチだな」
 経験者ゼルドパイツァーは、翼竜の背中の上で得々とセリカに語った。

 ……あの後、リカディは漆黒の悪魔から突然手渡された花柄の風呂敷包みの弁当を、当然の如く訝(いぶか)しみもしたが、怒涛となって押し寄せる食欲に負けるように一口、弁当の卵焼きを口にしたのだった……。

 パクリ……。

「こ、これは、幻と言われるロックの卵焼きではないかぁ!! ……こんな幻の珍味を口にするのは王朝が滅んで以来だ」
 それからのリカディは、まるで人が変わったように三つ全ての弁当箱を、次々と空にしていった。

 ……あの、ワニ専用の特大弁当を平らげる姿など、それは見る者を圧倒する迫力だった。

「ちゃんと食べられる木の実を教えてあげましたから、もうひもじい思いはしなくてすみますよ」
 ――邪悪な姿をしたセリカは、そのイメージとは正反対の慇懃(いんぎん)さで、リカディに森の出方や、森の恵みを得る数々の方法を、親切丁寧に教えたのだった……。

「……ふん、妾は貴様等のことを少し誤解していたようだ。復讐すべき相手は漆黒の魔王ではなく、南フォーリアを滅ぼしたかのレムローズ苛烈王であるな。――たとえそれがわかっていたとしても、妾にそれだけの力がないことは承知しているがな。……フフフッ、ここにはまだ、妾の死に場所はないらしい」
 リカディはそう残して、魔王の森を去って行った。
 リカディのその言葉の裏には、王家という心の拠り所を失った一人の誇り高き騎士としての悲痛な叫びが込められていたようにも思えた。
 彼女は、死に場所を求めて、この森へと入ったのだろう。

 ……その思いがリカディの中からふっ切れた時、彼女の頬が僅かに弛んだのをゼルドパイツァーは見逃さなかった。

「王家のお姫様ってのも、結構大変なのかもな。見た目の華麗さとは裏腹に、なかなか骨のあるお姫様だったぜ」
 夕焼け色に染まる森。ゼルドパイツァーは、リカディの姿を探すように後に振り返りながら、広大に広がるその森を見下ろして、そう言ったのだった。

 目指す東の空には藍色をした帳(とばり)が降り始め、その中にまばらに鏤められた宝石が、銀色の光に輝いている。
「リカディさんの食べっぷりを見てたら、こっちまで食欲をそそられてきましたね」
 セリカがその重々しい鉄の仮面の脱いで、微笑みながらゼルドパイツァーに言う。





 ……美しい緑髪は溢れ出る泉のように肩を流れ、絹糸のように細い繊維の一本一本が風を捕まえるように揺れた。
 深い緑と夕陽の黄金色が、セリカの髪の上で混ざり合う。
「……き、綺麗だぜ、セリカさん」
 ゼルドパイツァーは、セリカの素顔に見惚れるままにそう呟いた。
 ……一度として同じ表情を見せない至高の芸術がそこにはあった。
 その一瞬一瞬、全てを瞼の奥に焼き付けるように、ゼルドパイツァーはこの幻想的な光景に見入った。

「もうッ、リカディさんにも同じこと言ってたじゃありませんか」
「あれ、そうでしたっけ?」
「さあ、冗談言ってないで。城ではきっと、カローラが美味しい夕食を作って待っていますよ」
 セリカは、頭を掻いて誤魔化すゼルドパイツァーに笑いながらそう言った。

 そうして翼竜は、地平の向こうに見える小さな出っ張りを目指し、大きく羽撃くのだった。


  BACK