第二章 胎動- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VI
「宮廷のママごと剣法なんぞ、この辺が限界ってかぁ?」
今度は逆に自分が喉元に刃を突き付けられるリカディ。
立場の逆転を思い知らせるかのように、ゼルドパイツァーはそう言って、いやらしそうにゆっくりと顎を突き出した。
……その薄ら笑う表情は、まさに悪人そのもので、技量の差を埋めた卑怯を正当化するように、彼は偉そうにこう語り始めた。
「ここは戦場、そして今、あんたは死んだ。……くくっ、温室で育てられたお姫様にはわかんねぇだろうが、どんな綺麗事を並べたって、結局は勝てなきゃ意味がねえんだよ。――騎士道だぁ? そんなのはクソ喰らえってんだ」
熱弁を奮うゼルドパイツァーには、それを地で生きてきたという説得力があった。
つまり彼は、卑怯を卑怯とも思わない真性の腐れ外道なのだ。腹黒パワー全開のゼルドパイツァーは、それからも御託を並べては、執拗にリカディを詰った。
「ふんっ、ならばさっさと妾の首を取ればよいではないかッ」
恥辱に顔を歪ませたリカディは、今にも泣き崩れそうになる自分に、必至に堪えながらそう吐き捨てるように言った。
彼女が普通の少女であったら、込み上げるものを抑えきれずに泣き出していたに違いない。
しかし、王女というプライドが彼女にそうさせることを許さないのだ。
「まぁ、これで薬になっただろう。あんた、もう帰んな。ここへは二度と来るんじゃねーぜ」
そう言って、ゼルドパイツァーは短剣を鞘へと戻し、黒い外套を翻しながら振り返る。
……リカディには、ゼルドパイツァーのこの行動が理解出来なかった。
ゼルドパイツァーにしてみれば、自分の卑怯を正当化した上で、最後の最後で助け船を出してやり、有終の美をキメてやろうの魂胆であったが。
「何故だ、どうして……」
リカディのこの言葉を待ってましたとばかりに、ゼルドパイツァーは再度、リカディの方へと振り返る。
「美女を斬るのは、オレの趣味じゃない。……あんた、最高に綺麗だぜッ」
こんなクサい台詞を赤面せずに堂々と吐けるのも、ゼルドパイツァーの特技の一つであった。
言われたリカディの方は赤面して、顔を横に背ける。
(んぁーーっ、オレっチ、またドジ踏んじまったかぁ!?)
内心、そう思うゼルドパイツァーであったが、リカディはそのゼルドパイツァーの方を横目でチラッと窺ってこう呟いた。
「よく、そんな心にもないことを真顔で言えたものだな。――妾を篭絡しようとて、そうはいかぬ……」
ぐるるるるぅぅぅぅぅぅ……。
と、その時、リカディのお腹の方からそんな情けない叫びが聞こえ、リカディはますます顔を赤らめた。
そして、すっかり出るタイミングを逸していたセリカとワニ一匹は、このチャンスを逃すことなく、森の奥からその邪悪なる姿を現わした。
「みなさぁーーーん、そろそろお弁当にしませんかぁ?」
「ひ、ひぃ!」
突然の漆黒の悪魔とワニの化物の出現に、今度は顔面蒼白してその場にへたり込むリカディであった……。