第二章 胎動- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
III
先程のセリカの話で、ゼルドパイツァーが何よりも驚かされたのが、その魔王軍の構成だった。
現魔王がセリカであることはわかった。
……だが、その正規兵は、なんとあのワニ一匹だというではないか。
「それで今まで、よく戦ってこれたもんだ」 と、ゼルドパイツァーが素直な感想を述べてみると、当の本人のセリカ自身もまったくその通りだと言わんばかりに首肯いてみせる。
……呆れた話である。
「その時々に応じて、竜人達などに力を借りたり、ゴーレムを作って間に合わせているんですよ」
と、セリカはのんきに語る。
そして、伝説の竜王・火竜フレアロードの禁断の力は、ここぞという時の必殺技らしいのだ。
だから普段から頻繁に起こっている、ごく日常的な少数による小競り合いは、あの玉座の間に飾られた漆黒の甲冑にその身を包んだ漆黒の魔王セリカと、側近のワニ一匹でなんとかしているのだと言う。
――確かに道標もないあの大密林を大人数で越えること自体に無理があるのは事実なのだが。
そしてワニの報告を受けた今も、森への侵入者を追い払う為に、セリカはその身を漆黒の甲冑に包み、右手には重量上げのダンベルよりも重そうな巨大戦斧を手にした。
……その姿は今までのセリカとはまさに対照的なほどに別人で、いかにも暗黒ドス黒の大魔王という感じは伝わってきた。
「ふふふっ、結構見れたものでしょ?」
その仮面と声のギャップがゼルドパイツァーを不安にさせる。
……どんなに外見が極悪でも、中身はやはりあのセリカなのだ。
「オレもついてく。……不安だから」
そんな感じで、ゼルドパイツァーはセリカやワニ共々、カローラの作ってくれた特製弁当片手に翼竜(ワイバーン)の背中へと飛び乗った。
――その光景はまるで、ハロウィンとピクニックを混同したような、勘違いの様相を呈してはいたが。
ともかく、こうしてセリカ一行は侵入者撃退ツアーへと飛び立っていったのである。
すると、みるゆる内に古城は点となり、眼下には淡いグリーンの密林が何処までも広がっていた。
翼竜は地上百メートルほどの高さを一定して飛んでいる。
ヒュウーーーーーーーンッ!
空を飛ぶこと自体、初めての経験であるゼルドパイツァーだが、この空飛ぶ乗り物が以外と揺れないことに驚かされた。
……船酔いには毎度泣かされてきたゼルドパイツァーである。
「いやぁー、絶景かな、絶景かな。漢(おとこ)、ゼルドパイツァー、風を切り大空をゆく!、ってか。……くくくっ、ここから落ちればいくら化物のワニでもひとたまりもあるまい。そうなれば、セリカさんとの二人だけのランデヴー」
ギロリッ!
鋭いワニの眼光がゼルドパイツァーを突き刺す。
「冗談だってばよ、ワニ公。そんなに恐い顔してっと、セリカさんにもカローラちゃんにも嫌われるぞ」
その言葉にワニは、大きく裂けた口元をニヤリと上げてみせる。
「……違うって」
こうして、一行が城を飛び立ってから二時間ほどの時が経過したが、楽しい遊覧飛行はゼルドパイツァーにその時間を感じさせなかった。
「……でも、このドでかい森の中をどうやって人一人探すんです?」
ゼルドパイツァーはそんな疑問を、魔王姿のセリカに投げかけてみる。
「地の精霊の力を借りて探すんです。私、これでも魔法が使えるんですよ。――そうですねぇ、この辺りでしょうか……」
セリカのその言葉にゼルドパイツァーの疑問も解けたが、どうも顔と声のギャップだけは気になって仕方がなかった。
黒い仮面は死ぬほど極悪なのに、声の方は天使の歌声のように澄みきっているのだ。
ゼルドパイツァーが、そんな葛藤に苛まれていると、セリカが呪文のような言葉の羅列を、念仏のように唱え始めた。
「むにゃむにゃむにゃ……」
確かにそう聞こえるのだ、むにゃむにゃと。
もっとカッコの良いものを期待していたゼルドパイツァーだったが、現実は寝言よりもカッコ悪かった。
そうしてセリカは一通り念仏を唱え終わると、翼竜の手綱を引いて方向をやや右向きに修正した。
「ビンゴです! ゼルドパイツァーさん。ウフフッ、この様子だと日暮までには城へ帰れそうですね。お弁当、無駄になっちゃいますね」
何処か嬉しそうに魔王姿のセリカは言う。
……このギャップには慣れるしかないと、そう強く決意する、昼下がりの午後のゼルドパイツァーであった。