第二章  胎動

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


II



「魔王サマ」
 楽しい団欒の一時を打ち消すように、ワニが一匹、食堂へとやってきた。
「森ガ……」
 ワニがゼルドパイツァーのことなどおかまいなしに話を続けようとすると、厨房の奥からカローラが、栗毛のおさげを揺らしながら顔をひょっこり出して、ワニにこう言った。
「あら、フランチェスカ。ねえ、何か食べてく?」
 ワニはその大きく裂けた口元をニヤリと上げてこう答える。
「アア、イツモノヲ頼ム。カローラ、イツモ元気、可愛イゾ」
「もう、やだっ……。そんなこと言われちゃ、張り切らなくっちゃねっ!」
 カローラは、そんなワニの世辞に顔を赤らめると、跳ねるようにして厨房の奥へと消えていった。
 ワニの分際でと、口元を引きつらせながら見上げるゼルドパイツァーを尻目に、ワニは話の先を続けた。
「地ノ精霊言ウ。三十人ノ人間、森ニ入ッテ来タ。ゴーレム見テ、ミンナ逃ゲ出シタガ、一人、勇敢ナ戦士イテ、ゴーレム死ンダ」
「ゴーレム? ああ、あのヘンテコな焼き物のお化けか」

 ゼルドパイツァーは、この魔王の森に入った時に遭遇した、焼き物のお化けのことを思い出した。
 ……それは、空腹で倒れる二日ほど前のことになるが、ゼルドパイツァーは人の背丈の倍はあるそのハニワの化物に追い回され、逃げ回る内にますます森の奥へと迷い込んだのだった。
「それじゃ、またゴーレムを作らなければなりませんね……」
 セリカが残念そうにそう洩らすと、ワニはゼルドパイツァーを押し退けるようにしてテーブルの席へとついた。
 ワニのデカイ図体に木製の椅子が、ギギギッ、と情けない悲鳴をあげている。
「ソノ戦士、手強ソウダ。私ガ行ッテ追イ返シテクル。……飯ノ後デナ」
 飯の後と付け加える所が、ワニの知能の程度を物語っているなと、ゼルドパイツァーは心の中でそう呟く。
 ……セリカとの甘い一時をブチ壊された恨みも含まれてはいたが。
 そうこうしている内に、目の前はカローラの運んでくる肉料理によって埋め尽くされていった。

 が、その量がハンパではない!!

 ……原始肉もとい、十数キロはある骨付きのモモ肉を、ワニは鳥の手羽先のように軽々と二本、三本と平らげると、バケツ盛りのスープなど一口で飲み干した。
 カローラがその小さい身体いっぱいに抱えて運ぶ料理は、次々とワニの胃袋の中へと消えていく。
 ……それは、食べ放題の店になど連れていけば、店ごと喰いかねない勢いだ。
 セリカは言う。
「やはり、男の方は食べっぷりが違いますねっ。見ていて気持ちがいいくらいに」

 ……そういう問題ではなかった。

 恐らくこれが、セリカやカローラにとっての常識なのだろうが。
 性別の問題ではないと、セリカに言ってやろうかと思うゼルドパイツァーだったが、みるみる内に築かれた皿のバリケードによって、セリカの姿すら見えなくなってしまっていた。





「たとえ、こいつと飲みに行くことがあろうとも、オレは絶対におごらんからな」

 ……と、そう堅く胸に誓う、ゼルドパイツァー君であった。


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