第一章 美しきもの- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IX
少し遅い昼食のメニューも、やはり森で採れる物が中心だった。
食堂でゼルドパイツァーは、蜂蜜のたっぷりついたパンを頬張りながら、向かいに座るカローラにこう尋ねた。
「ねぇ、カローラちゃん。……んくぐっ」
育ちの悪さはこういった行儀作法に反映されるらしい。――喰うか、喋るかといった区分は、下品なゼルドパイツァーにはおよそ無縁のもののようだ。
「一つ聞きたいんだけど」
「あ、はい。何でしょうか?」
「お城の中に赤い扉の部屋があるよね。セリカさんは教えてくれなかったけど、あの部屋って何?」
と、ゼルドパイツァーの質問がまずかったのか、カローラは可愛い熊の絵のついたスプーンを置いて押し黙ってしまった。
「え、聞いちゃいけなかった」
この時、カローラが口を開くまでの数瞬が、ゼルドパイツァーにはやけに長いものに感じられた。
「……セリカ様がそれを仰らなかったのは、きっとゼルドパイツァーさん、あなたの為を思ってのことです。――でないとあなたは、この森から二度と帰れなくなりますから」
カローラのその言葉は、ゼルドパイツァーの頭の中を混乱させた。何が自分の為で、どうして森から出られなくなるのか。深く考えれば考えようとするほど、混乱は二乗して増すようなものだった。
……何処ぞの名探偵でもないゼルドパイツァーには、その疑問を解く明晰な頭脳もなく、迷探偵となってこれ以上空気を気まずいものにするより、ゼルドパイツァーは話題そのものを変えることにした。
「この木の実のスープ、すごく美味しいね。――ダシは子ロックの鳥ガラで、あと隠し味にヒット醤油を使ってるでしょ?」
「……えっ、わかりますぅ? 結構苦労してるんですよ。特に親ロックがいない間に、子ロックを捕まえるのなんて。……下手すると、こっちが食べられちゃいますから」
自慢のスープを誉められたカローラは、そのスープが出来るまでの行程や苦労話を得々と語り始めた。
――ちなみにロックという鳥は、成鳥するとその体長は十メートルを超える巨鳥で、旅人や、牛といった大型の家畜まで一呑みにする害鳥であった。……その子の子ロックでさえ、ダチョウ程度の大きさであることから、カローラの話がいかに壮大な冒険譚であるかが窺い知れる。
「でも、子ロックを実際に仕留めるのはフランチェスカにやってもらうんです。私は見付けたら、後は逃げ回るだけで。……だから私、逃げ足だけは早いですよぉ。うふふふふっ」
そんな話に興じている内に、二人はすっかりテーブルの上のものを片付けてしまった。 話はあのワニ助のことにまで及び、カローラの言うにはワニ、もといフランチェスカは、今となっては数少ない竜人族の末裔の一人らしい。
「へぇ……あのワニが一流の戦士ねぇ」
元来、竜人族には名というものに執着がないらしく、『フランチェスカ』という愛らしい名前もセリカの付けたものだとカローラは言った。だいたい竜人族の名というものは、ガウだの、ギィだの、単純なものが一般的だ。 カローラの話では、その皮膚は鋼鉄よりも硬く、戦斧の一撃は巨大な岩石をも打ち砕くという。しかも、強烈な火炎のブレスを吐くことも出来るらしく、どうやら見た目以上の化物であることがわかった。
実際にフランチェスカは、親ロックとも幾度か死闘を繰り広げ、すでに数匹を血祭りにあげたという強者だそうだ。
――その時は二ヵ月はロック料理が続くことになるらしい。
スープのダシに端を発したとはいえ、凄い話を聞かされたとゼルドパイツァーは思った。
「ロック鳥をたった一人でヤッちまうなんて、街でしたら馬鹿にされそうな話だぜ。……肉屋と食通連中は諸手を挙げて大喜びしそうだがな」
「良かったら夕食にでも、親ロックの塩漬け肉を出しときますね」
カローラはそう言って立ち上がると、白磁の食器を片付け始めた。
「……それを街に持っていったら、家が一軒立ちそうだな」
二人はその後も、主婦連中の井戸端会議よろしく、他愛もない世間話に興じることになる。
ゼルドパイツァーの語る街や人々の話は、その全てがカローラにとって新鮮なものであった。
カローラはエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら、そのくだらない話の数々に聞き入った。
西側の窓から射し込む夕陽が、室内を夕焼け色に染めるその時刻まで……。