第一章 美しきもの- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
VIII
セリカは一通り古城の中を案内し終えると、ゼルドパイツァー一人残して、突然、何処へやら消えてしまう。
ゼルドパイツァーはそのまましばらく城内をうろついていると、三階の展望の良い開けた場所で、その階下に栗毛の少女、カローラの姿を見つけた。
「おっ、あれはおさげのおぼこ娘、カローラちゃんではないか」
麦藁帽子を揺らしながら、カローラは庭で土いじりをしていた。セリカほど華美ではないが、その白い木綿のドレスは、白光で眩しくさえ見える。
暇人ゼルドパイツァーは、そのままカローラのいる庭へと降りてと駆け下りていった。
「えっと、確か……ゼルド…パイツァーさんでしたね」
萌える緑の鮮やかな庭園に、カローラは笑顔いっぱいにゼルドパイツァーを出迎えてくれた。
思わず心が和んでしまうような光景である。
こんな笑顔を見せられては、極悪人のゼルドパイツァーといえども、見知らぬお年寄りに席を譲るぐらいの善意が沸いてくる。
「すごく手入れされているね」
ゼルドパイツァーは辺りを見渡すと、カローラにそう言った。――多少の世辞も含まれてはいるが、古城を囲むように広がる広大な庭園は、少女一人の手には余るというものだろう。その点を考慮すると、カローラは実によくやっているといえた。
「まだまだなんですよ。取っても取っても、雑草が次から次から生えてきちゃって」
口では遠慮がちにそう言うが、カローラの頬が誉められた嬉しさで照れ気味に緩んだ。
こういう素直な反応がまた可愛いのだ。
そうしてカローラは徐に屈みこむと、中断していた土いじりを再開した。
その薄桃色の愛らしい手を土に塗れさせて。
「でも、私もこの雑草と同じなのかもね。……セリカ様みたいに華がない分、一生懸命に生きるしかないって感じで」
カローラは花壇の方の世話をしながら、ゼルドパイツァーに向かってそう呟いた。
麦藁帽子の下の素顔が、声のトーンに合わせて沈むのがわかる。
カローラのその姿は、温室の薔薇を羨む野花といった感じだろうか。
――確かに、セリカのような華やかさはないが、それを補って余りある明るさがカローラにはあった。顔立ちに幼さも残るが、二、三年もすればハッとするような美人になるに違いない。
少女はまだ蕾を開いていないだけなのだ。 決して、カローラの言うような雑草などではない。
「オレも手伝うよ」
雑草のゼルドパイツァーがそう言うと、カローラの隣で雑草を抜き始めた。
共喰いならぬ共抜きである。
有りもしない良心を総動員して、ゼルドパイツァーは花園の蝕む同類を、偽善のその手にかけた。
「あ、ありがとうございます。……でも、いいのかな。お客さまにこんなことをさせちゃって」
「いいのいいの、一宿一飯の恩義に報いるってヤツだから。……そういえば、昼飯まだだったな」
「それじゃ一段落したら、何か美味しいものでも作って差し上げますね」
カローラはそう言って微笑んだ。
今時、貴重ではないかと思えるほど、カローラの反応は無垢で清純なものだった。
ここは、人との交わりがない場所なだけに、カローラは人の悪意に触れずに育ったのだろう。――と、そんな感想を胸に抱くゼルドパイツァーだった。
円形に区切られた花壇は二人にとって、さして広いものではなかった。
場の楽しさがそれを苦と感じさせなかったのかも知れない。
とにかく、一応の世話を終えるとカローラは花壇の脇に置かれた水桶を手にした。
「かからないように避けて下さいね。――そぉれッ!」
そんなかけ声を出しながら、カローラは水桶の水を振りまいた!
飛び散る水玉は、陽光を吸収して虹色に輝く。
カローラが水まきを右方向へと振る度に、虹色の宝石が花壇の花々へと降り注がれる。
大げさな言い方かも知れないが、それはとても幻想的な光景だった。
「もう少しで終わりますからっ、――きゃっ、あははっ……」
飛び散る水玉よりも、花壇に咲く花々よりも、無邪気にはしゃぐカローラのその笑顔が何よりも輝いていた……。
少なくともゼルドパイツァーの黒い瞳には、そう映ったに違いなかった。