第一章  美しきもの 

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


VII



 二人が城内を巡っている内に、時刻はすっかりお昼時になってしまっていた。
 ただ単に、城内が広いのがその理由ではなく、二人はいわゆる無駄な話に花を咲かせていたのだ。
 陽の光が真上から降り注ぐようになると、天窓がない分、城内は薄暗くなる。
 逆を言えば、それだけ涼しいということなのだが。
 古城の城壁が古くなって風通しが良くなっているのか、厳しい陽射しの中でも暑いという感じはまるでない。
「あれ、どうしたんですか、セリカさん」
 二人が石畳の廊下を歩いていると、セリカは突然、赤いの扉の前で立ち止まった。
 扉には見事な細工が施されており、明らかに他の扉とは様子が違っていた。
「ゼルドパイツァーさん。――城の中は何処でも自由に行き来して構いませんが、ここだけには入らないで下さいね。……一応、鍵はかけてありますけど」
 唐突にこんな忠告をされては、開けてくれと言わんばかりである。お伽話じゃあるまいしと、ゼルドパイツァーはセリカにこう尋ねる。
「まさか、この扉の奥に秘密の紡績工場があって、鶴だの何だのが、機を織らされているわけじゃないでしょう」
「気になります?」
 セリカは白い歯をこぼして、悪戯っぽく聞き返す。
「まあ、開けるなと言われれば開けたくなるのが人の心理でしょ」
「私は人じゃないからわかりません。フフフッ……」
 セリカはそう言って笑いながら、石畳の廊下を奥へと駆けていった。
 外見は美しく、佳麗な女性に見えるが、こういう子供っぽい一面も持ち合わせているのだと思うと、ゼルドパイツァーはセリカに一層の親しみを感じた。
 『人』ではないとセリカは言ったが、その細長く横に突き出た耳を除いては、セリカは普通の人間と何ら変わるところはなかった。
 いや、強いて言うならば、その容姿が人のものを超越して美しい。
 それほどの凄艶を漂わせながら、まったく気取ったところがないのも、このセリカの魅力なのだろう。
「おいて行きますよぉーっ、――また迷って飢えるかもしれませんよぉーっ!」
 ゼルドパイツァーがそんなことを考えている内に、セリカの影はあっという間に小さくなってしまっていた。
 槍や斧を持った騎士の鎧が立ち並ぶ廊下の曲がり角、セリカは両手を後に組んでこちらの様子を窺っている。
「ちょっと待ったぁーーっ! あのワニ助に噛り付かれるのは一度で沢山だっ」
 そんな冗談を大声で張り上げながら、ゼルドパイツァーはセリカの方へと駆け出していくのだった。

  カツカツカツカツカツッ……。

 人気の無い城内に、ゼルドパイツァーの足音の残響が、石壁に増幅されて幾重にも響いた……。


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