第一章  美しきもの 

        - D A R K F O R C E S -   

  By.Hikaru Inoue 


V



「あっ、セリカ様」 
 栗毛の少女が、そう深々と一礼すると、あの緑髪の美女、セリカが木綿の白いドレス姿でこの食堂の方へと入ってきた。
 食堂の東側の石壁には大きな窓があり、そこから射し込む陽光が、セリカの緑髪を黄金の河のように流れる。
「カローラ、ありがとう」
「そんな、とんでもありません。これも私の勤めですから」
 そう言って、カローラと呼ばれた栗毛の少女は急に畏まってしまった。
 可憐な美女に対する少女の憧れなのか、カローラはその頬を林檎のように赤く染める。
 確かにセリカがこの部屋に現われたことで、殺風景だった石壁の食堂が華やいでさえ見える。
 ゼルドパイツァーもその光景に目を奪われ、思わず箸が止まった。
 その様相は、まさに地上に舞い降りた天使だ。
「だいぶ血色が良くなりましたね、ゼルドパイツァーさん。……何もありませんが、好きなだけ食べてくださいね」
 物腰の柔らかなセリカが微笑みながらそう言うだけで、ゼルドパイツァーは腹だけでなく、胸の方もいっぱいに満たされる思いがした。
「どーも、すんません。見ず知らずのオレを助けてもらった上、こんなご馳走にまであずかって。――このお礼は今晩、身体の方でお返ししますので、ぐししっ……」
 と、ぬけぬけと言ってのけるゼルドパイツァー。――何処の親戚筋にも、必ずこういう図々しいのが一人はいるものである。
「冗談が言えるくらい回復したのを見て、安心しましたよ」
 と素早く切り返す。
 ……どうやら、セリカの方が一枚上手らしい。
 しかし、ゼルドパイツァーも執拗に食い下がる。
「まあ、遠慮なさらずとも。――持ち合わせがない分、この身を好きに玩んで下さいな」
「また、フランチェスカに噛まれますよ」
「先にワニ鍋にして喰ってやりますよ」
「ウフフッ、面白い方。――フランチェスカに聞かれてたら、これからは背中に注意して歩かなければなりませんね」
 そんな恐いことを冗談っぽく言って、セリカはゼルドパイツァーの向かいの席に座った。
「いい匂い、私もいだだこうかしら。――カローラ、お願いね」
「はい! セリカ様ッ」
 カローラは、そう歯切れの良い返事をすると、やや興奮ぎみに厨房へと向かった。
 ゼルドパイツァーの時とは、気合いの入り方そのものが違う。――この栗毛の少女は、それだけこのセリカのことを敬愛しているのだろう。
 セリカはテーブルに両肘で頬杖をつくと、何かを思い出すようにして、ゼルドパイツァーにこう語り出した。
「……森で倒れているあなたを、ここへ運んで来たのはあの子なんですよ。――優しい子だから、ほおっておけなかったんですね」
「カローラちゃんが……。――ここは、やっぱりあの森の中なんですか」
 セリカはすぐには返答せず、少し躊躇うようにして答えた。
「そうです。――人々は……この森の事を、『魔王の森』と呼んでいますね」
 ……そう言うセリカの横顔は、ゼルドパイツァーには何処か淋しげにも映った。


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