第一章 美しきもの- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IV
ガツガツガツガツガツガツ……。
ギャグマンガ的復活を遂げたゼルドパイツァーは、次の瞬間には血の海から這い上がり、飯を喰らうのに忙しかった。
「うひぁ、美味ぇぜ! 遠慮せずにジャンジャン運んでくれっ」
今のゼルドパイツァーには、たとえ粟や稗の類でさえ、白い光沢を湛える銀シャリに映ったに違いない。
そんな勢いで、次々と運ばれる森の恵みを平らげていた。――皿ごと食べかねない勢いで。
底無しの食欲を満たすのに忙しいゼルドパイツァーにとって、自分が一体何処にいるのかなどという疑問は、実に些細なことと言えた。
――先程の緑髪の美女セリカに、ここへと連れてこられたことは覚えているが、出血多量のせいか、その間、意識は朦朧としていた。
ここは、食堂らしき石作りの部屋で、ゼルドパイツァーの目の前を鮮やかに彩るように数々の料理が並んでいる。
赤い木の実のスープ、黄色や緑の柑橘類、……野鳥の姿蒸しなどはタレがよく仕込まれており、まさに絶品といえた。
野兎の丸焼きもなかなかイケる。
「沢山ありますから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
そう言ったこの三角布に白いエプロン姿の可愛らしい栗毛の少女が、それら料理の調理も配膳も全てを一手に担っていた。
若いのに実によく出来た娘さんだ。
額に汗しながら、厨房やテーブルの間を愚痴一つ言わずに、忙しく往復している。
年の頃はおそらく十五、六で、栗色の髪を柔らかく三つ編みにしている。
膚の色は薄い桃色、春の陽射しを思わせるような絶え間ない笑顔の上には、二つのエメラルドグリーンの瞳を、宝石と見紛うばかりに輝かせていた。
「喰える時に喰っとかねぇとな。……次にいつ喰えるかわかんねぇかんな」
「それもそうですね、……こんな世の中ですもの」
ゼルドパイツァーの言葉に、栗毛の少女はそう答えると、輝く太陽が雲間に隠れるように彼女の笑みは陰った。
……いつの時代にも、争いという言葉が消えることはないのだ。――少なくともこの世界に生きる人々にとっては。
国と国の争いの代償を、この世界に生きる人々は飢えという形で支払わされてきた。
栗毛の少女の言葉には、そんな切実な想いが込められていた。
「美味い! もう一盛っ」
「はいっ! ――そんなに美味しそうに食べてもらえると、こっちも作りがいがあります。……うふふっ」
栗毛の少女が小気味よい返事でそう言って微笑むと、その柔らかな三つ編みを左右に揺らしながら、再び厨房の奥へと姿を消した。
その姿を見送りながら、悪人ゼルドパイツァーは柄にもなくこう呟く。
「いい子じゃねーか。――オレも昔は、あんな子を守りたくて騎士を目指してた頃もあったな……。その子にフラれて、すぐに挫折したけどな。――でもオレ、一体何処で飯喰ってんだろ。……まあいいや、喰お喰お」
まずはそういった知的欲求より、動物的欲求に身を任すゼルドパイツァーであった。