第四章
      

  - 野心と命と天秤と -

  By.Hikaru Inoue 


IX






 七月七日の早朝、それまで沈黙を保っていた苛烈王率いる反皇帝軍がついに動いた。レオクス鉄槌王がその軍勢を二分し、その四千の軍勢が反転不能を知っての挙である。
 レムローズ苛烈王は、フォリナー慈愛王二万にレミルら旧皇帝軍のドーラベルンへの撤退を阻止させるべく、その陣を南方へと移動させ、旧皇帝軍の後方を遮断。ハイランド北海王軍を会戦第一陣として正面に配して、自らは第二陣として、三万五千の大軍を束ねた。本来なら会戦の火蓋を切りたかった苛烈王であったが、この戦いの後に起こるであろうNo.2を巡る争いに先手を打つべく、北海王、慈愛王と勲功を焦る者たちにささやかな栄誉と勝利を譲る必要があった。さすがに、元魔王軍であったエル・ランゼ伯はそういった人間同士の背比べには対して興味がないようで、快く、苛烈王軍・慈愛王軍の後詰めを引き受けた。会戦という点で言えば、勝利するには苛烈王軍の兵力三万五千で十分と言えた。ただ、苛烈王としては、ただ勝てばよいのではなく、そう、一言で言うなら圧勝する必要があった。それは、この大陸に苛烈王の名を絶対として刻み込む為のいわば、民衆への圧力である。先帝ノウエル叡知王の人々に残る絶対のイメージを払拭するには、ノウエル王家の新王である美髪王レミルを完膚無きまで叩き潰すのが、もっとも効果的と言えた。
 決戦兵力、一万四千対八万五千。
 勝利は既に苛烈王へと約束されていた。あとはいかに、美しく勝つか、ということである。
 この戦いは、本来のレムローズ苛烈王の気質からいうと、かなりその美学にかけ離れた戦いもあった。
 劣勢、しかも難攻不落のドーラベルンを、皇都を戦火にさらさぬようにと、敗北必至で野戦に臨むその美髪王レミルの気高さ。もはや、苛烈王への少女に対する評価は、ただの小娘ではない。できれば、かの叡知王の血を受け継ぐ唯一の存在である新王レミルと、同兵力での正面決戦を挑みたかった。しかし苛烈王家とて、大陸に名を馳せる大選帝侯家にして、大同盟の盟主。そんな私闘まがいの感情など当然はさめるわけもなく、他の諸侯らに公平なる戦果と大勝利を約する必要があった。
 この苛烈王率いる反皇帝軍の動きは即座にレミルの元へと齎らされる。その陣中には、レオクス鉄槌王、マンセル伯(旧ハイゼン男爵)ら、骨のある男たちが列を成し、その報せは至急、軍議へとかけられる。
 マンセル伯は言う。
「功に焦る北海王が、猪突猛進して我が本隊へと押し寄せてくるでしょうな。攻めるに我らの大量に有する騎兵は有効ですが、守勢に転じては第一陣の北海王軍のみに敗退させられることでしょう。いくら北海王軍が陸に上がった河童とはいえ、その数だけで我らの総兵力を凌駕しているのですから、これを真っ向から向かい討つとなると、我らは初戦に多くの兵を失い、最終的な敗北は必至です。おそらく今からドーラベルンへ撤退するにも、封鎖する慈愛王軍と北海王軍との挟撃にあい、撤退は困難を極めるでしょう」
 レミルは冷静にマンセル伯の意見を受けとめている。その威風堂々とした落ち着きぶりが、陣内の緊迫感を心地よい緊張感へと変えているとさえ言えた。
 無知ではない、叡知で物怖じしないレミルの姿は、さながら戦天使ワルキューレのように、見るものを惹き付けるオーラのようなものがあった。
「マンセル伯のいうように、何もしなければ我らは負けるでしょう。もちろん、私としても皇位のかかったこの一戦に負けてやる気など、さらさらありません。私が考えているのはこの頭上に皇帝の金色華冠が輝くその後のことです」
 一同はレミルのその『皇帝』という言葉に身震いした。薄ら笑うレミルの微笑に、恐怖は勇気へと、不安は野心へと変わっていく自分がいるのを一同は感じずにはいられなかった。確かに一同には、レミルのプラチナブロンドの頭上に皇帝の金色華冠が輝いている姿が見えたのだ。いや、その姿を容易に想像出来たとしておこう。
 レミルは言う。
「みなさん、決戦しますよ」
 レオクス鉄槌王は、盟主のレミルに頭を垂れると、その凄まじい眼光で一同に喝をいれる!
「我が美しき皇帝陛下の為、余はこの戦場に散ろう!! もはや、進むのみ! 我が背を光り輝く皇帝の菊華が、昇りゆく太陽のように激しくも高貴に満ちて照らすであろう。苛烈王の首は、余が貰った!! フフッ、主等はこの余、レオクス鉄槌王の勇名を永遠に語り継ぐという、栄誉を与えようではないか」
 レミルはレオクス鉄槌王と示し合わせたように、目を合わせると、クスクスと笑ってみせた。それに置いていかれるものかと、マンセル伯も鉄槌王の弁に続く。
「私とて永遠に伯爵位のまま、このちっぽけな人生を終えるつもりなどない。同じ伯爵位のエル・ランゼ伯は大選帝侯ではないか。この史上類を見ぬ美しき金色の皇帝陛下の元、私も選帝侯への夢を咲かせて見せようッ!!」
 意気上がる諸侯たち。その誰もが輝ける未来の皇帝を前に、瞳を輝かせ、剣を輝かした。
 もはや、後れを取るものなど一人もいない。
 七月七日の午前、レミル率いる美髪王軍一万と、レオクス鉄槌王軍四千は、ガルナベルト平原を直進してくるハイランド北海王軍一万五千に対して大攻勢をかけた。