第四章- 野心と命と天秤と -
By.Hikaru Inoue
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レミルら旧皇帝軍の一見無策にもみえるこの攻勢に、ハイランド北海王は僅かに動揺した。が、それを部下に気取られることなく、北海王はこの攻勢を受けとめた。兵力では五分以上、しかも後には三万五千もの苛烈王軍本隊がいる。
「この悪あがきも、三十年という皇帝位を守り抜いたノウエル王家の誇りと解釈しよう!」
ドドドドドォォォォォォォォッ!!!
猛烈な鉄槌王軍の黒の鉄騎団の重突撃を脇腹に受ける北海王軍。正面で美髪王軍一万に消耗戦を強いられるその脇腹に、大多数騎兵の突撃は、正直、北海王の想像を超えた破壊力であった。これでは、嫌でも二正面作戦を強いられ、一万五千の兵を以てしても、美髪王軍一万を抜くのは容易ではなかった。
「これが噂の、黒の鉄騎団か。たかだか、四千……などと思っては、余は壊走させられるな。やはり流石というべきか、レオクス鉄槌王。これが八千であったなら、持ちこたえられるかといったところであろうが、苛烈王の陽動に騎兵を裂いたのは、正面決戦を挑むのであらば誤算としかいいようがないぞ」
ハイランド北海王軍も、単に一万五千という兵をただ北から率いてこの一大決戦に臨んだわけではない。北海王が用意可能で最大限の精鋭部隊がこの一万五千には投入されている。海戦を得意とする北海王が、陸戦においても決して遅れを取らぬようにと洗練した兵力である。北海王はその編成に自信を持っていた。
その自信が北海王を突出させていた。
ドドドドドォォォォォォォォォォォッッ!!!!!
刹那、北海王軍が混乱する!
両側から黒の鉄騎団の重突撃が開始されたのである。
「馬鹿な、残りの騎兵は慈愛王が遮断しているのではないか!? 慈愛王は二万もの兵を持って何をしている!!! こんなに早く敵騎兵の本隊への帰参を許したとでもいうのかッ、」
「いえ、違います! これは新手ですッ!!」
参謀の一言に、北海王は睨み返した。
「なにぃ、新手だと!? 数はわかるか、参謀長」
「い、一万に近い軍勢です!! レオクス鉄槌王軍のほぼ全軍が、我々に対して総攻撃をかけてきていますッ」
「なっ、レオクス鉄槌王は、魔王領との国境警備を放棄して、全軍をこちらに差し向けていたというわけかっ。……ああ、そうさ、この一戦に敗すれば鉄槌王が帝国を守る必要などないのだからな。総兵力比で、余はくだらぬ皮算用をしてしまったようだ。チッ、参謀、全軍に通達せよ!! ここで敗れては勢いに任せた二万を超える敵軍に、我が北海王軍、軟弱者の慈愛王軍と、各個撃破を受けて壊走する。速やかに後方へと退き、苛烈王軍本隊と合流するのだ!! 突出した部隊はもはや救出不可能である、素早く形勢を立て直さねば、最悪半分もの兵を失って我らは壊滅するであろう」
北海王の判断は正しかった。もし戦死者を二割も出してしまえば、もはや北海王軍は壊滅である。それに倍する負傷兵を抱えては、兵は寝返り、北海王は自身の最精鋭軍を失う。この会戦後の権力抗争にすら、参加権を失うのだ。それは、レムローズ苛烈王、反皇帝軍の勝利が前提ではあるが。
しかし、北海王の予想を超えて、黒の鉄騎団の重突撃は凄まじい。その増援軍の数は一万を超え、決戦兵力は二万四千強対一万五千と、完全に逆転していた。
レミルは言う。
「我が名は美髪王レミル! 皇帝ノウエル叡知王の叡知を継いでこの戦場へと赴いた。生を望むものは我が軍門に下るがよい。我が敵は魔王であり、皇帝の威信を汚した苛烈王のみ!! 我が軍勢に連なる者にはこの神聖なるレトレアの大地を侵略者から守るという栄誉と、家族との安息の日々を約しようッ!!!」
北海王は敗退した。
戦死者千余名、離反者七千名、負傷者三千名。その報は本隊の苛烈王よりも先に、南方のフォリナー慈愛王軍へと齎らさせる。
レミルは北海王軍を大半吸収して、その総兵力を三万とし、素早く兵力を再編した。
東に苛烈王軍三万五千、南に慈愛王軍二万、そして南東にエル・ランゼ軍一万五千。
形勢はまだ、圧倒的苛烈王軍優位である。
しかし、その苛烈王との差を、確実にレミルは縮めたと言えた。
史上、最も長い一日の一つとされる七月七日は、まだ正午を迎えたに過ぎない。