第四章
      

  - 野心と命と天秤と -

  By.Hikaru Inoue 


VII






 ケインズベリー砦、陥落。
 アースウッド、ウィリントン砦は善戦し、ライラック砦は沈黙を保っている……。
 この報がレムローズ苛烈王に届いたのは、七月三日のことであった。
 レムローズ苛烈王はさらにその陣営から五千の兵を繰り出し、守備隊の殲滅を計る。
 苛烈王は、陣営のハイランド北海王、フォリナー慈愛王、エル・ランゼ伯に言う。
「部下には、殲滅せよと言い渡してある。後方の窮状を知れば、慈悲深き、若き美髪王は、その少ない軍勢を裂いて救出に向かうことであろう。余はすでに一万の兵を繰り出し、さらに五千の増援をここに派遣するものてある。これを看破するには、それなりの兵力を裂かねばならぬであろう。また、仮に美髪王レミル侯が後方を見捨てたとしても、それはそれでよい。美髪王はその決断によって自らの退路を断つことになるのだからな。余としては、この四侯総勢十万の兵を限りなく傷つけず、なおかつ敵に圧勝するよう努めている。敵軍が二万に満たぬとはいえ、その八千騎の黒の騎兵団の一撃を受ければ、ここにいる諸侯のどなたかは甚大なる被害を受け、もしくは諸侯自身の命すら、危険にさらすことになるやもしれん。こちらが裂く一万五千の兵と、美髪王が裂く兵力は決して等価ではない。まあ、それで後方を見捨てようとも、余、自らが陣頭に立ち、後方を遮断した上で、麗しの美髪王とお手合せ願うとしよう。諸侯には少々、気の抜けた戦いになるであろうが、十分に飼葉を与え、全力をもって亡者どもの一掃にあたってもらいたい。たかだか二万にも満たぬ兵をもって平原での決戦を挑んできた美髪王には、旧皇帝としての誇りに敬意を払うところである」
 レムローズ苛烈王はそう諸侯たちを鼓舞すると、直ちに五千の兵を旧皇帝軍の後方へと派遣した。

 同日、ケインズベリー陥落の報はレミルの耳にも届き、砦の守備兵から非戦闘員に至る者全てが虐殺された旨の報せを受けた。
 これに激怒したのはレオクス鉄槌王である。
「剣を向けぬ者にもその刃を振り下ろしたというか! 共に魔王に対し、同胞として結束した彼らに、相対したとはいえなんたる仕打ち。許さんッ!! 帝国の正義はどこへ消え失せたッ」
 怒りに眉を顰め、将兵たちを睨み付けたレオクス鉄槌王であったが、何かを思い付いたように、こうレミルに進言する。
「フフッ、ハハハッ!! 正義は我らにある。この所業をウィルハルト聖剣王が許すハズもない、奴らは周辺の村々にも火をかけたというではないか。愚かにも帝国の獅子を、自ら招き入れているとしかいいようがない。先日、ウィルハルト聖剣王が二万余の兵を率いて北上したとの報せも受けている。聖剣王軍の助力があれば、反皇帝派の奴らと正面切って戦っても、十分に勝算がある。何しろ我ら黒鉄の騎士と、聖剣王の白の騎士団は、奴らの兵とその練度において格が違う。先の大戦で双璧を為したのも、我らと聖剣王の白の騎士団。レミル侯、我ら黒の鉄騎団に後方撃滅の下知を。陥落したケインズベリーを含め、全ての砦を三日で抜いて御覧にいれようぞ」
 確かに、レオクス鉄槌王の言うことは理に適っている。聖剣王をこちらに引き入れることさえできれば、エル・ランゼ伯の一万五千を得た苛烈王にも、十分に野戦で渡り合える。
 しかし、レミルから返ってきたのは、こんな意外な答えだった。
「聖剣王の助力を得る気はありません」
 すぐに反論しようとした鉄槌王を、レミルはその鋭い眼光で制止した。
「後方を断たれれば、我らがドーラベルンに引くことは困難を極めることでしょう。これは、味方の士気に関わります。そうやって兵力を分散させることが苛烈王、反皇帝派の狙いなのは承知しています。どちらにしろ、不利な二者択一であることには違いありません。しかし我らは、卑怯者でもなければ、臆病者でもありません。レオクス鉄槌王に、盟主として命じます。黒鉄の騎士、黒き疾風の鉄騎団四千を以て、各々の砦に散る苛烈王軍を各個撃破なさい」
「ハッ! 遠くない未来、皇帝の金色華冠を頭上に頂く我が主よ」
 鉄槌王の『皇帝』という発言が、場に居る諸侯、将兵たちを痺れさせる。
 皇帝という言葉は何者をも酔わせる至高の美酒であった。
「即座にケインズベリーを奪還し、ライラック、アイスウッド、ウィリントンを抜いて御覧にいれましょうぞ!!」