第四章
      

  - 野心と命と天秤と -

  By.Hikaru Inoue 


VI






「敵襲ーーーっ!!」
 ウィリントン砦を囲む、赤き旗の軍勢。見張り台の兵がその敵影に気付いたころには、砦は完全に包囲されていた。
 砦に向かって、赤い旗の軍勢から一斉に弓が放たれる。五百はゆうに数えるであろう弓兵から、砦は雨のように矢を降らされた。

  ヒューーーーーーンッ……。

「ぐはっ!!」

  サササササササッ!!!

 見る間もなく、砦の上には数人の死体が転がり、その数倍の負傷者が倒れこんだ。負傷した兵士の一人が、砦の司令官らしき人物に向かってこう叫んだ。
「赤色桐の紋ッ! セララ様、敵はレムローズ苛烈王軍ですっ!!!」
 セララと呼ばれた女司令は、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「始まったか……。いいか!! すぐに奴らは砦の門を打ち破りにかかるだろう。門周辺を重点に、やつらに石弓を浴びせつづけてやれ! 油を煮ろ、突撃隊に浴びせ、火の矢を放て!!」
 ハッ! という掛け声と共に、この日の為に訓練された兵たちが、一斉に配置について、応戦を始めた。矢玉も、武器も、指揮官のセララによって十分に用意されている。足りないのは兵の数である。

  ウォーーーーーーーッ!!

 囲む苛烈王軍二千から怒号が弓と共に浴びせられ、杭の飛び出た車が、ズシンと鈍い音をたてて、ウィリントン砦の門に突きさされた。
 セララは指揮棒を石弓に持ちかえ、車を押す小隊長らしき人物の喉元を射抜く。
「伝令を各々、ケインズベリー、アースウッド、ライラック砦へ。美髪王陛下の元へは、もっとも馬術に長けたものをやれっ!! 美髪王陛下の軍勢が奴らを一蹴するまで、何としても持ちこたえるぞッ!!!」
「オーーーーッ!!」
 セララは守備兵を鼓舞すると、勇敢に石弓を放ち続ける。
 セララは軽装の甲冑に長い金髪の美しい女性で、栄誉ある美髪王直属の軍への配属を拒み、あえて辺地を任地に選んだ、世間でいう変り者であった。これは彼女が、その才能を妬む者から、自らを遠ざける為に選択した道の一つであったが、妬むものと同じ数だけ、惜しむものの数もあった。
 セララは石弓を手に想う。
(……おそらく、他の砦も似たような情況だろう。最低の数しか配備されていない各砦に、こちらへ兵を回す余裕はない。そして美髪王軍本隊は、平地で圧倒的多数の敵を相手に睨み合っている。……当然、援軍が来ようハズもないな。――私はあの才知に溢れる麗しき姫君の頭上に、皇帝の金色華冠が乗せられる日を見たかったが、それもどうやら無理のようだ、な。他の砦がもってくれればいいが、それこそ援軍より期待できん。長く、一分でも一秒でも長く、この砦を死守すれば、反皇帝軍はいらぬ戦力をこの辺地に浪費することになる。レミルさま……御武運をお祈りいたします。あなたならきっと、不幸な戦災孤児を増やさないような、畑に汗を染み込ませるだけで生きていける時代を、切り開くことができると、そう信じています)

  シュッ、シュシュン、シュン!!

 苛烈王軍から無数に放たれる弓は、じわじわと守備兵を疲労させ、セララの頬に一筋の赤い線を描いた。
「怯むなっ! 仲間の石弓を手に、敵を射抜け!! 昇り来る敵は槍で貫け、ハシゴも車も、たぎる油を浴びせ、火を放て!!」

  ボァーーーーーッ!!

「グァァァーーーーッ!!!」
 車は炎に包まれ、それを押す兵たちは、燃えあがる自らの甲冑の火を消すように、大地に転がり、そのほとんどが、そのまま絶命した。しかし、すぐに車は撤去され、新しい兵員によって、次々と門に杭車が突き立てられる。
 門は事前にセララによって、重厚に補強されている。あらかじめ予測していた矢の雨を避けるための盾も、壁を登る敵を容易に突き払うことの出来る返し付きの鉄杭と長槍も、兵の数よりも多く揃えてある。
「門を破らせるなっ!! 破られれば一瞬にして、押し込まれる。そうなれば、我ら兵士、非戦闘員にかかわらず、皆殺しだ」
 セララのその声に、兵たちは奮い立つ!
 ……中には、すでに家族のような存在となっている、薬師やそれを補佐する若い娘、砦を守るために志願して炊き出しなどをする、村人や村娘などが合わせて数百といる。彼らに害が及べば、その凄惨さは容易に想像できた。特にそのような場合の若い娘の末路を想像するなら、死を以て戦うほうが何倍もマシだということを、守備兵たちは知っている。
 ウィリントン砦の守備兵三百は、取り囲む二千の苛烈王の大軍に対して、勇猛果敢に立ち向かった……。
 まだ言えない愛の告白を、その娘に伝えるために、
 夢を語り合った友人たちを、敵の殺戮から守るために、

 そして、ノウエル王家への、美髪王レミルへの忠誠のために、