第四章
      

  - 野心と命と天秤と -

  By.Hikaru Inoue 


III






 レムローズ苛烈王。
 若くして、広大にして強大なレムローズ王家を継いだ赤き獅子。
 エリク・レムローズは、すらっと伸びた長身に、肩まで流れる血のように赤い髪をもつ、端正な顔立ちの人物で、その姿は優美。まるで、女王のようでもある。
 非常に剣技に長け、手合せこそないものの、舞うように刺すその蝶の剣は、ウィルハルト聖剣王と互角とさえ囁かれるほどの達人である。
 彼は常に自ら陣頭に立ち、幾多の戦いでその勇名を轟かせた。帝国中に彼の名を知らぬ者など、生まれたばかりの赤子ぐらいであろう。
 妻子はない。愛人と目される人物も見当らない。色恋沙汰にはまるで興味のない素振りで、普段は穏やかに落着き払っている。
 よって、婦女子に対する人気は絶大である。男の目から見ても、ハッとするほど美しい、絶世の美女のような容姿の持ち主である。
 この苛烈王、極度の二重人格でも家臣内で知られている。
 敵には悪鬼のように激しく、また、味方には聖母のように穏やかで慈愛に満ちている。
 普段の苛烈王は、どちらかというと後者であり、それは家臣の忠義心をより厚いものにしている。
 苛烈王家の結束は堅い。臣は誰もが苛烈王に見いだされた精鋭と、古参の強者という勇者たちで固められており、五万とも十万ともいえる大軍を動員するだけの豊かな土地を有していた。
 当然、これだけの大王家であれば、他の選帝侯家も一目置いており、ハイランド北海王、フォリナー慈愛王などは、進んでその苛烈王の軍列に名を連ねた。
 帝国に結成された最大勢力である大同盟の盟主。
 その苛烈王は、穏やかな午後の昼下がり、東方倭国より手に入れた緑色をした苦みあるティーを片手に、宮殿の庭園でのんびりとクリームのたっぷりのったケーキにフォークをいれた。
「うーん、おいしいっ。やっぱり、玉露はケーキにさいこーっ。ふふっ、」
 天使の微笑みで、三時のおやつに舌鼓を打つレムローズ。その仕草は優雅というより、どちらかと無邪気である。別に呼んでもいないのに、レムローズの周りには数名の侍女たちが慇懃な態度でその場を取り囲み、レムローズをこっそり横目にして、その頬を染めていた。
 麦藁帽子の庭師の老人が、その侍女たちに草刈り鎌などの庭師道具をちらつかせながらこう言う。
「これ、お前さんたち。そんな意味の無いかかしをやっとるより、王様のためにやることがあるじゃろ。たとえば、この美しい庭の、草むしりとか、草むしりとか、……草むしりがの」
 侍女たちの視線が一斉に、この麦藁帽子の庭師へと集まる。
 レムローズの世話に最低一人は侍女が必要だ。刹那、侍女たちの頭に同じ考えがよぎる。
 ……誰だ!? この中で、イモを引くヤツは!! もとい、草の根を引くはめになるのはと。
「王様、そこらへんにつっ立っとる侍女を幾人か貸してはくだされませぬか? 小僧たちが一斉に風邪を引きましての、手が足りんでこまっとりますじゃ」
 風邪なんか引いてんじゃねーっ、小僧たちッ!! ……これが侍女たち共通の心の叫びであった。
 侍女たちの微笑みの裏で、目に見えぬ競争が加速した。誰とて、イモを引くのは嫌だ。侍女たちのレムローズを囲むポジション争いが熾烈になる。最もレムローズに近いポジショニングを維持できた者、御用をいただける者が勝者なのだ。敗者に救いはない、延々と日が暮れるまで、草むしりをさせられるのが必定。
 レムローズは庭師にいう。
「そうだね、みんな風邪を引いたなんて、それはこの広さじゃ大変だね。爺、わたしもその手伝いが出来るかな?」
「王様に草むしりなどさせては、先王さまに申し訳がないですじゃ。その気持ちだけ、爺は有り難くいただきますじゃ」
 これは、チャンスである!! ……主として侍女がレムローズにインパクトを与えるには、まさに絶好の。そこらの、A子さん、B子さん、C子さんに過ぎぬ侍女たちにとっては!
 侍女たちが一斉に挙手する!!
 それはまるで、王者決定戦のかかった早押しクイズが如く!!!
「ホッホッホッ、皆、元気があってええのぉ」
 チラっと庭師が横目で見た瞬間、侍女たちは、この爺さまに、心の奥底を見透かされた思いがした。しかも、こうも一斉に手を挙げたのでは、苛烈王にアピールするような個性もない。
 案の定、侍女たちは根こそぎ、草むしりに動員された。
 こうなっては、せめてレムローズの視界に入り、その献身度をアピールするしか策はなかった。
 と、侍女たちがあれこれ思いを巡らせている間をみはからったように、貴族風の身形をした一人の男がレムローズの傍らに立ち、彼にこう言った。
「南西エグラート選帝侯、エル・ランゼ様の御使者、リリス殿が参られました。エル・ランゼ侯は、大同盟への御参加を受諾された由にございます」
「有難う、キューゼム侯。その件は私が、直接立ち合わねばならないこと。行きましょう、リリス殿を待たせては、せっかくのエル・ランゼ伯のお気持ちに砂をかけてしまいますね。リリス殿は、大変、美しい方でありましたね。フフフッ、これも伯のお心遣いとお受けしましょう」
 そう残して、立ち上がるレムローズ。そのまま、キューゼムと言う名の男と共に、執務室のある王宮へと、とっとと行ってしまった。

 ……もちろん、残された侍女たちが、延々とじーさまの庭いじりに付き合われたのはいうまでもない。
 爪の先と、辺りが真っ黒になる、その時刻まで。