第四章- 野心と命と天秤と -
By.Hikaru Inoue
II
今日は、レミルにとってよく客の訪れる一日だった。
レミルが久しぶりに薔薇園の手入れを再開させていた午後の昼下がり、閑散とした薔薇園にひょっこりと一人の男が現われ、レミルにこう言ったのだ。
「おーーーーっ、萌え萌えなシチュエーションですなーっ!! いやいや、何も申されますな、このお持ち帰りしたいシチュエーションをじっくりと、丹念に、まったりと、ちょっぴり下心などを抱きながら眺めるというのも、戦国が極めた茶道にも通じる、侘さびとゆーものじぁーーあーりませんかっ」
と捲し立てる銀髪の客人に、レミルは圧倒されて返す言葉もなかった。
銀髪の客人は神妙な面持ちになる。
(……オーユ様に生き写しではないか。いや、私としては銀髪同士ってことでオーユ様も捨てがたいが、このほんわか、ほわほわの柔らかさ120%の金髪の巻き毛にも触れてみたい……。まさに、これこそ人生最大の決断!! 神の起こしたもうたミラクル! 答えは一つ!!! どっちも欲しいッ!!!! って、これじゃエルのバカとかわらんな。あいつは、この子に熱を上げている、リリス君ではどーしょーもないくらいに。私がオーユ様を狙えば競合も起こらんが、それが正常な男子としてのあるべき姿かっ!?)
「こほん、えーっと初めまして、レミル陛下。わたくし、魔王軍で四天王とか何とか呼ばれてるフーテンの風来坊。ある時は、お祭りでリンゴ飴を売り、売れ残ったアメは、横で指をくわえる戦災孤児の子にあげたり、荷物の重そうなばーさんに親切に荷物をもってあげたりして、あまりの重さに腰をプルプルさせるのを必死に堪え、こいつほんとにばばぁか!? とか疑問を抱きつつもバナナの叩き売りや、暇をもてあますマダムの茶のみ友達を引き受けたりする、謎の親切迷惑押し売り人。四天王、なぜか炎も使わないのに炎将とか呼ばれてる炎のクールな魔人、四天王マイオストであります」
「はぁ!?」
レミルにはまったくこの情況が飲み込めなかった。勝手に、どーやってここに入り込んだかもわかない変な銀髪の男が、革の旅行カバン片手に自分が魔王軍の四天王だとぬかしているのだ。到底、信じられるわけもない話ではあるが、この手の刺激に飢えていたレミルとしては、少しくらいなら付き合ってもいいかと、庭いじりの手を止めて、蔓の這った天蓋のある脇の白いベンチに腰掛けた。
すると図々しくも男は、すっとレミルの横に尻を押し込んできた。それは、ある種、オバハンがかったパワーを感じさせるプレーだった。
独特な口調で捲し立てるマイオスト。
レミルは仕方なし、マイオストに話を合わせるように相づちを打ったりした。
それはどこかなつかしい喋り口調であった。そう、エル・ランゼを思い出させるのだ。エル・ランゼはすでにこの時点で追憶の君と成り下がっていた。決してアクティブな存在ではない。
有り体にいえば、過去の人。
「ふふっ、あはははははっ……」
人を引き込むのだけは一流のマイオストが、得意の敏腕セールスマンばりのトークで、レミルを乗せた。レミルもまだまだ十七才、当然、世間話や笑い話の類には興味を示さずにはいられなかった。
しかし、この男。やたらと、諸国の事情に通じているのだ。
レミルは笑って話に聞き入りながらも、この男の博識にただならぬ存在感をおぼえた。もしかすると、四天王マイオストであることに間違いないのではと錯覚するくらいに。事実、そうなのだが、こんなスカしたヤツが、簡単に魔王軍の四天王なのだと、常識的に受け入れられるハズもなかった。
「いやいや、この年になって、こんな素敵タイムを満喫できるとは、戦国乱世、万歳ってなとこですな。コホンッ、けっしてじっちゃまっつーわけじゃないんす。若造りはしとりますがのぅ。コホコホ……」
「他人を寄せ付けないペースですね、」
「のん! 個性なのでありますよ。トルネードのように引き寄せ、こっそり荒らすだけ荒らしておいて消えるのです」
「だめだめじゃないですか」
レミルはこんな、少女な会話が正直、楽しかった。年上の意味の無いバカ話も、たまに聞かされれば、十分な娯楽である。
マイオストの瞳の奥にはレミルの笑顔があり、この美しき薔薇に対して芽生えるギュッと抱き締めてやりたい下心と、葛藤を続ける自分がいるのにマイオストは気付く。
(だめじゃー、誘惑が強烈じゃー。マイラヴ、オーユ様似のこの子に、こんなハッピースマイル0円を浴びせられとっては、まったくもって、本題に入れんではないかぁ。……ボクの愛人(ラ・マン)になってくださいーっ、もとい。確かに本心ではあるのだが、それは私があれこれ実権を握ったあとではないと不可不可不可ぁ!!)
「ひ、姫をください!!」
「は、はい!?」
だから、ちゃうっちゅーねんといった顔で、マイオストはその手で顔を覆った。この萌え萌えパワーに圧倒され続けては、埒があかんと、未練たらたらなまま、心眼を開いた。
「プリンセス(マイオスト的にレミルは『クィーン』ではない)の意見を伺いに参りました」
と、突然、真顔になるマイオストにレミルは戸惑う。……必死に堪えて作り出した顔であることは、いうまでもない。
「貴女は、この獣のように尖った二つの耳をどう思われますか? お互いを傷つけあうにたる理由とお考えにあられますか?」
マイオストの掻き分けた銀髪から現われた、二つの長い耳。
レミルは息を飲んで目を閉じた後、その問いに短く答えた。