第二章- 争いは飽くこと無く -
By.Hikaru Inoue
VII
部屋を抜け出たエル・ランゼは、その俊足で素早く廃城からの脱出を試みた。重い鎧に身を包んだ騎士たちでは、エル・ランゼに到底追い付くことなど出来はしない。
だが、その俊足のエル・ランゼを、一人、追って来た者がいた。
スタッ!
城壁の上から飛び降り、エル・ランゼの前に立ちはだかったのは、先程の灰色の外套の女だった。
「……お、お前はニンジャか?」
驚くエル・ランゼを相手に、女は外套の奥からファルシオンを抜き、その刀身に月明かりの銀光の乗せる。
「逃がさぬ、決して貴様だけは!」
「やれやれ、すんごい執念だねぇ……。この魔王ディナスをも凌ぐ実力の持ち主であるオレ様相手に、一人で勝てるとでも、本気で思っているのか?」
「うるさいッ!」
ビュンッ!
猛烈なスピードで女は円月刀を振るった! しかし、エル・ランゼはそれをも余裕でかわす。
「なるほどな。あの騎士どもよりはやるようだが、……所詮は並。この超魔王級のオレ様の敵ではない。それとも、時間を稼いで、あいつらが追い付くのを待つ気か?」
シュン! シュン! シュンッ!
外套の女の円月刀が何度となく空を斬る。もはや、その実力の差は歴然だった。
「ハッハッハッ! 悔しかったら聖剣王でも連れてくるんだな。人類最強と呼ばれるウィルハルト聖剣王ぐらいなら、少しはこのオレ様をてこずらせることも出来よう」
エル・ランゼは女を瞬殺するだけの自信はあったが、それでもからかうように女の素振りに付き合った。
そして、次第にこの女に興味が湧いてくる。
「顔ぐらいみせてみろよッ!」
バッ!
エル・ランゼは素早い動きで女の剣を避けると、右手でその外套の頭巾をはぎ取った!「チッ……」
「……お、おい!?」
その容貌はエル・ランゼを驚かせる!!
頭巾の下に隠された長く美しい深緑の髪。端正に整ったその顔の眉間に、女はきつく皺を寄せていた。
だが、何よりもエル・ランゼを驚かせたのは、長く伸びたその獣のような耳であった。「……この耳が気になるようだね」
緑髪の女はその剣を止め、エル・ランゼにそう言った。
「なんでオレ様が魔族の女に命狙われなきゃならんのじゃッ! って……あっ、オレって裏切り者だもんな。動機は十分か、魔族の女」
「うるさい、そう呼ぶなッ!!!」
女は殺意剥出しの眼差しでエル・ランゼに襲いかかる!!
しかし、感情がそのクレバスのような深い実力の溝を埋めるわけもなく、あっさりとかわされ、今度は逆にその剣を奪われた。
「形勢逆転だな。といっても、オレ様はちっとも追い詰められたわけじゃないが」
弧を描く銀光の刃は、そのまま外套の女の喉元に向けられ、女は身動きを封じられる。「ちっ……」
「さてと、ニセ手紙まで出してこのオレ様をこんな辺鄙な場所まで誘き出したワケを聞かせてもらおうか?」「殺せッ!」
「やれやれ、穏やかじゃないねぇ……もっと違う台詞は吐けんのかね」
エル・ランゼは少し呆れた様子で強気の女にそう言うと、さらに続けてこう質問した。「四天王のどいつの手先だ、んーっ? アホのマイオストか? イヤミのホーネルか? それとも何考えてるかわからん、スカしたあのマヴルか?」
「ふざけるなッ!!!」
緑髪の女は、怒りをあらわに大声でそう怒鳴り付ける。そもそも、これだけ強気な暗殺者が、むざむざその口を割るなどとは、エル・ランゼ自身、思ってもいない。ただ、エル・ランゼの男としての部分が、美しき緑髪の暗殺者を簡単に斬り捨て、事を終わらせることを潔しとさせなかったのかもしれない。この世の美女は全て我がモノのエル・ランゼなのだ。
だが、エル・ランゼは、その緑髪の美女のその表情の奥に潜む、憎悪以外の何かを、微かに感じたような気がしていた。もちろんこの女を突き動かしたのが強烈な憎悪であることは間違いなかったが。
「まあ、……誰でもいいさ。べっぴんなそのお顔とエレガントでちょっぴり妬けちゃうお耳に免じて、命だけは助けてやる。帰ったら親分にこう伝えるんだな、「暗殺なんてシケた真似せず、堂々とかかって来い! そっちがこなけりゃ人間どもを征服した後、その勢いでこっちから逆に攻め込んでやる」ってな」
「やはり、狙いはレトレア帝国かッ!!!」
エル・ランゼはさらに表情を厳しくした女に対し、姿勢をやや反り返り気味にしてこう答える。
「がはははははっ!! 知れたこと、このオレ様の人生、最大の目標は『世界征服酒池肉林絶倫計画』にあるのだッ!!!! 世界のあっちもどっちもそっちも、可愛いおぼこ娘から、色気振り撒く大人の美女まで、みんなもろもろオレ様のモノになるのだッ!(予定) ……クックックッ、世界中の至る所でこのオレ様の高貴なる遺伝子エル・ゲノムが、繁殖、増殖してくれるわッ!! なっはっはっはっ、世界をバラ色、オレ色に染め抜いてくれよう!!!」
畳み掛けるように吐き出されるエル・ランゼのバカの絶叫に、女は圧倒されて言葉を失った。エル・ランゼはエル・ランゼで、空いた左手をいかにもイヤらしく、くねくねとくねらせていた。
「ライベル様ァァァァァァァァァアアッ!!!」
すると、そんな絶叫を上げながら、先程の白い鎧の騎士たちが、向こうの城門の方から群れてこちらへと押し寄せてきた。
「やれやれ、むさいお仲間が群れでやってきたな。――このオレ様の超激烈破壊魔法(ハッタリ)で吹き飛ばしてやってもいいが、まあ、今日の所は勘弁しておいてやろう」
そう言ったエル・ランゼに、ライベルと呼ばれた緑髪の女は、不可解な顔をしてこう尋ねた。
「何故……殺さない。我々は貴様の命を狙った暗殺者なのだぞ」
エル・ランゼはそのタイミングを待ちかねていたかのように、女の喉元に突き立てていた剣を下ろし、女の問いに嬉しげに答えてやった。
「なはははははっ、オレ様の偉大さを身を以て知ったようだな。大物は小事にはこだわらんのだよ。おめおめと生きて田舎へ帰り、このオレ様の最強伝説を末代までの語りぐさとするんだな」
そう言い残し、エル・ランゼはファルシオンを天へと放って、ひるがした黒いマントにその身を溶かすようにして、闇の中へと姿を消した。
ライベルは茫然とその姿を見送ると、地面に落ちたファルシオンを徐に拾い、苦笑いをした。
「ククッ……あれが夢魔伯爵エル・ランゼか、ウィルハルト様が一目置かれるだけのことはある。これでは出過ぎた真似をと叱られる、な」
ライベルはぽつりとそう呟きながら、外套の頭巾をかぶり、白き鎧の騎士たちの方へと振り返った。