第二章
      

  - 争いは飽くこと無く -

  By.Hikaru Inoue 


VI






  ビュンッ!

 密閉された空間で、白き騎士たちの剣撃が銀光となって空を斬る。
 エル・ランゼは俊敏な動きでそれらを全てかわすが、白き騎士たちの剣の技量は桁の外れた域に達したものだった。その動きは、ただの盗賊や暗殺者風情のモノではない。もっと正統な剣技、パラディンやハイランダーといった一流の剣士の太刀筋だ。
「フンッ! やるではないか。このオレ様にコブシを使う隙すら与えんとはな」
「さすがに魔王の四天王と呼ばれるだけあって、口だけではないようだね。だけど、それも、時間の問題のようだ」
 外套の女の言うように、間も無くエル・ランゼはジリジリと騎士たちの円陣の中へと追い込まれていった。
 輪は除々に狭まり、剣風がエル・ランゼの黒いマントをハサミで切り刻むように散らした。
「レミルちゃんに逢うために新調したオレ様のこの絹のマントを、てめぇらッ!! てめえらは男の浪漫をなんだと思っていやがるッ!!! この責任は身体で払って貰うぜッ!! 特にねーちゃん、あんたにゃこのオレ様の溜りに溜まりまくったフラストレーションを、いやんというほどブチまけてやるわッ!!」
「あはははっ、何処までも威勢がいいねぇ」
 異界の奇跡、強力にして凶悪なる暗黒の魔術を駆使すると恐れられる魔人エル・ランゼ。彼にとって、普段、腰に帯びる長剣などはただの飾りでしかない。特に腰痛の時などは竹光を差している程だ。エル・ランゼ自身、その絶大なネームバリューを過信していた為、短剣すら帯びずにこの場所へとやってきていた。事実、並みの剣士相手なら十人がかりでも素手で負けない。しかし今のエル・ランゼにとって、それは致命的なミスだった。
 何しろ相手は、超が付くほどの一流の強者たちであったからだ。

  シュンッ! シュンッ!!

 剣風がエル・ランゼの右の二の腕をかすめる! 描かれた血の線から、赤い飛沫が飛ぶ。
「どいつだッ! オレ様の玉の肌を傷物にしやがったヤツはッ!! チッ、どいつもこいつも同じツラの兜をかぶりやがって」
 エル・ランゼはそう喚き散らしながら、ズタズタに切り裂かれたマントを風になびかせるように、無数の剣撃をかわした。
(たとえヤツらの一人から剣を奪ったとして、それでも勝ち目は五分とない。この場合、勝つってこたぁ、ヤツらを道連れにするってことじゃなく逃げ切るってことだ。このオレ様に挑む以上、差し違えてでもって覚悟だろう。いや……まて、この世にほんとに死も恐れぬってヤツらがダース単位でいるか? 誰にでも未練は必ずあるハズだ。なにしろこのオレ様は世の中に未練たらたらだからなぁ……清いままの身体で死ねるかってんだ!!)
 エル・ランゼは追い詰められていた。
 避けるだけが精一杯の今の状態、時間は情況を悪化させる要因でしかない。
(こいつらはきっとオレ様のことを何処ぞのバケモノとでも思い込んでいるに違いない。口から火を吐き、大魔法で都市を破壊する、背中にヒレの付いた海から上がってくるバケモノだ。しっぽだってあるし、放射能まきまくりだぜ。時間はねえ! ヤルしかねえッ!!)
 なればこそ、エル・ランゼはこんな奇策に出た!!
「てめぇら、完全にこのオレ様を怒らせちまったようだな! くっくっくっ……どうせ死んじまうなら、奈落の底までてめぇらに付き合ってもらうぜ!! ケッケッケッ……」
 左手で顔面を押さえ、発狂したかのようにそう叫んだエル・ランゼ。エル・ランゼは右手の人差し指を外套の女に突き出し、さらにこう続ける。
「ギガ級の破壊魔法が発動準備OKだぜっ! ギガ級だぜ、ギガ級!! てめぇらが見たこともねぇような、ドデカい花火を打ち上げてやろうってんだ。その名も『白色暗黒竜咆哮』よ!!! 神々のいかづち並みのバツグンの超絶破壊力だぜ! この部屋どころか、このオンボロの廃城ごと、付近一帯が跡形もなく地獄まで吹き飛んじまうぜぇーーーーッ!!」
 エル・ランゼのハッタリに、それでも外套の女は強い口調でこう切り返した。
「元よりその覚悟だわッ! 我らの覚悟を侮るでないッ」
「今時、特攻隊たぁ流行んないねぇ! だがよ、それでこそこのオレ様にも散り甲斐ってもんがあらぁな!! 騎士さんたちよ、念仏唱えたか? もう、愛しいあの子にも、家族にもおふくろさんにも二度とお目にかかれねぇぜッ!!!」
「………」
 その言葉が数名の騎士たちの心を掻き乱したのを、エル・ランゼは見逃さなかった!

  バッ、バッ、バシィーーーーッ!!

 鈍る剣先をかわして、すかさず騎士数名を足払い!
 怯む他の騎士たちを押し退け、半身を捻りながら、出口の扉を勢い良く蹴破った!!
「ヌハハハハハッ! ハッタリに決まっておろーが、バーカ」
「なっ!!」
 外套の女がそう叫んだ時、すでにエル・ランゼはその危機を脱した後だった……。