第二章
      

  - 争いは飽くこと無く -

  By.Hikaru Inoue 


V






 ラーセルの廃城は、かつての魔王領(現夢魔伯爵領)と、神聖レトレア帝国との境に位置する魔王軍の拠点であったが、老朽化が激しく、カタパルト(投石を行なう攻城兵器)などの攻撃によって半壊した城内に、今やその主人となる者は存在しなかった。
 魔王軍が大敗し、夢魔伯爵と帝国が同盟関係にある中、今やこの城には、何の利用価値も存在しはしなかった。
 恐らくこの廃城に再び陽の当たることがあるのだとしたら、それは帝国と夢魔伯爵との同盟関係が決裂したその時となるだろう。
 レミルからの密書を受け取ったエル・ランゼは、リリスの忠告などうわの空で、護衛も付けずに、単身、そのラーセルの廃城へと馬を走らせた。
 エル・ランゼの古城から、廃城までの距離は、馬でおよそ三日ほどの距離にある。
 その距離をエル・ランゼは勢い余って二日で駆け抜けると、今や人影もない廃城の城内へと入り、レミルの到着を待つことにした。
「ふぅーーっ、夜風がやたらと身に染みるねぇ」
 カタパルトの投石によって、すっかり風通しの良くなった城内を、エル・ランゼはただ何をするでもなく、ブラブラとふらついていた。今宵は満月のせいか、天窓代わりに開いた風穴から、廃城の回廊は十分な光量で満たされている。
 逸る気持ちを押さえ切れず、エル・ランゼはレミルの指定した期日よりも二日も早く城へと入ったものの、持て余した時間だけが待ち遠しさも相俟って、やたらと長く感じられた。
「ブルブル、まぁ、この冷えた身体も、あと二日も経ちゃあ、美少女レミルちゃんの柔肌でほんのりホカホカに暖めてもらえるってもんよ。はぁーやくぅー来い来い、レミルちゃーん  はぁ、待ち遠しいやねぇ、」
 そんなエル・ランゼの願いを素直に反映した歌が、筒状の回廊に増幅され、やけにうるさく響いたその刹那。

  カタッ!

 回廊の先の曲がり角で、僅かにそんな音が聞こえた。
「もしや、もうレミルちゃんはこの城に来ているのでは!? うーん、照・れ・屋・さ・ん」
 エル・ランゼが妙な期待感を膨らませ、物音の方へと駆け寄ると、その物音は足音へと変わり、まるで逃げるように駆け出して行った。
「鬼ごっこってヤツかい、それじゃお兄さんが鬼ってヤツだあね。ぐしししし、捕まえたら、あーんなことや、こーんなこと、そーんなことまで、お兄ちゃんがレクチャーしてあげよう」
 エル・ランゼはだらしない口許のよだれを軽く拭って、百メートル十秒切るという俊足を生かし、逃げる影を追った。
「ハァハァ、……以外と早いな、レミルちゃんってば」
 長い回廊を時計周りにぐるりと半周したエル・ランゼだが、その差は一向に縮まらなかった。
「ふふふっ、だがその先は袋小路だ。逃げ場はないぞよ、レミルちゃん!!」
 その形相はまさに、献上されたおぼこ娘へと迫り寄る、悪代官なエル・ランゼであった。そしてエル・ランゼは、思惑通りにその影を回廊の突き当たりにある部屋の中へと追い詰めた。

  バタンッ!!

 と、同時に部屋の扉が何者かによって閉じられる!
「ん? ……レミルちゃんも結構、イタズラ好きなようだね。クックックッ、そんな娘には、このエル・ランゼのお兄ちゃんがお仕置きをしてあげようか」
 そう言って、エル・ランゼが指先をすけべそうにくねらせ、影の方へと近付いていくと、突然、その薄暗い室内の四隅に、何らかのランプのようなもので、明かりが灯された。
「アハハハハッ、まさか本当に一人でのこのことやって来るなんてねッ!!」
「なっ、何じゃコラーーーーッ!!!」
 気が付くとエル・ランゼの周囲は、鋼の剣を光らせた十数名の白い鎧の騎士たちに取り囲まれ、その部屋の中央には、灰色の外套にその身を包んだ若い女の姿があった。
 その素顔は深々とかぶられたフードのせいで、窺い知ることは出来ない。
「あんた……だれ?」
「さぁ、宴の始まりだよ……」
 女は外套の袖から、三日月のような形状をした剣・ファルシオンを抜くと、エル・ランゼの前へと突き出した!!
「ククッ、そういうことか……。ふふん、舞い上がっちまった分、油断しちまったようだな。――レミルちゃんのような純真無垢の乙女の名を語り、悪事を働く悪党どもなど、魔王ディナスをも凌ぐ実力を持つと噂され、結局魔王に成りそこなった、この天下無敵の夢魔伯爵、エル・ランゼ様がこぞって手打ちにしてくれるわッ!!!」
 周囲を囲まれ、俄然不利の状況下で勢いだけは人一倍のエル・ランゼ。
 こうして、白き鎧の暗殺集団と、丸腰エル・ランゼとの死闘は、今、開始された!!