第二章
      

  - 争いは飽くこと無く -

  By.Hikaru Inoue 


IV






 秋も深まり、山々が赤く色付き始めた頃、その身を灰色の外套で包み、頭巾を深くかぶった怪しげな者が一人、ノウエル美髪王の密書を携え、エル・ランゼの居城へと訪れた。「何、レミルちゃんのラブレターとな!」
 リリスのその報告に、ソファーから飛び起きるエル・ランゼ。豪奢に飾られたその広い室内には、部屋の掃除に勤しむ赤毛の少女の姿もあった。
「……封は切っておりませんので、恋文かどうかはわかりませんが、捺印されたワックスシールの紋章は、確かにノウエル王家のものです」
 リリスは訝しさを感じながらもその封書をエル・ランゼに渡すと、エル・ランゼはまるでお菓子を貰う子供のように瞳を輝かせながら、封書の縁に指を掛けた。
「……もしかして、メガトン級の爆発魔法かなんかが仕込んであったりして」
「な、なんですとォ!!」
 リリスのその言葉がエル・ランゼの手を止める。
 ちなみにこの世界に存在する魔法の威力は、メガなどの単位で計られ、キロ、メガ、ギガ、テラ、エクサの順で威力が千倍づつ増加する。数字にもよるが、メガ級の破壊力であれば五十万トンの岩石を爆砕するのに十分な威力を誇る。エル・ランゼなどゴキブリ同様、イチコロである。
「ふ、不吉なことを言うなッ!! あの、かぁーいいレミルちゃんの熱い想いを綴った手紙が、爆弾なわけがなかろうが!!!」
「だったらどうぞ、御自由に」
「リリス、お前がやれッ」
 エル・ランゼは手紙をリリスに押し返すと、自分一人はさっさと分厚い石壁の裏にその身を隠した。
「……小心者」
「ふん、何とでも言え。――さっ、ルフィアちゃんもこっちへおいで。君にはまだその三十女と違って、たっぷりとてんこ盛りの未来がある。爆弾処理なんか、人生経験豊富で、過去があっても明日がないリリス君に任せておくんだ」
「な、なんですってぇーーーーーーッ!!!」
 その言葉にヒステリーを起こしたリリスは、石壁の影からエル・ランゼが半身を乗り出したその状態で、勢いに任せて封書を開封したッ!!
「お、おいッ!」

  ビリィィィィッ!!!

「あーーーーーーーーーーーーーーーッ」
 ……そして、暫しの沈黙。 封書は不発のまま、リリスによって中身が取り出された。
 ニヤリとほくそ笑むリリスがその手紙の内容に目を通そうとすると、凄い勢いで石壁の裏から飛び出したエル・ランゼによって、速攻で奪われた。
「ひ、人宛ての手紙を読むなんて、ゴシップ大好きのおばはんのやることだぞッ!!!」
「ゴシップ好きはあんたでしょーーがッ!!」
 酷い剣幕でやり合う二人。
 ルフィアにはその細い腕でぎゅっとほうきを握り締め、ただただ二人の成り行きを見守るほかなかった。その小振りな胸同様、肝の方もやや小さめのルフィアである。間違ってもそのほうきの先で二人の頭を叩くような勇気はない。
「……ああ、神様」
 と、ルフィアは思わず呟いてしまうが、今のところその神様であるエル・ランゼがこのザマなのに、ルフィアの言葉は詰まる。
 リリスはリリスで、その心境には複雑なものがあった。エル・ランゼの言うように密書が本当にラブレターであるなら、独り身の自分としては歯痒い限りである。何より、自分だけ幸せそうな顔をして頬を弛ませるエル・ランゼの顔など、見るに堪えない状況である。それならいっそのこと、先に読んで茶化してやりたい。それがリリスの本音だった。
 だから二人の素早い手の動きの間で、レミルの手紙は、奪い、奪われる動作を延々と繰り返された。
「はぁはぁはぁ……ええ加減、読ませい」
「ぜぇぜぇぜぇ……こうなったら女の意地よ。あんた宛てだけど、あんただけには絶対読ませるもんですか」
「む、無茶苦茶言うなッ!!」
 こうして、解決策をみないまま、争奪戦第二ラウンドが開始されようとしたその瞬間、赤毛の少女はなけなしの勇気を、固く絞られた雑巾のように限界まで絞り出し、二人にこう提案したのだった。
「あのぅ……よかったら、私が内容をお読み致しましょうか? 字なら教会で教わってて読めますから」
 敵同志と睨み合っていた二人だが、そのルフィアの言葉に、血走った眼をルフィアの方に向けると、もう一度二人で向かい合い、お互いの呼吸を合わせるように、うんと頷いた。
 (……こ、恐かった。伯爵様も、リリス様も。……私もいずれ、リリス様みたいになっちゃうのかなぁ)
 その頬に冷汗が伝うルフィアから語られた手紙の内容は次の通りだった。

 ―― 南西エグラート選帝侯 夢魔伯爵エル・ランゼ様。私、ノウエル美髪王レミルは若輩の身にて、選帝侯たるに相応しい器を備えてはおりません。よって、ノウエル美髪王レミルは、ノウエル王家存続の為、そして、未だ主人定まらぬ帝国の為、御貴殿との同盟を強く望むものであります。 ――

「恋文とは見当違いですね、エル様!!!」
 リリスは上がり口調で嬉しげにそう言った。
「ふん、喜びを顔全体で表現しおって。……だが、レミルちゃんがこのオレ様に救いを求めているのは確かだ、フフフッ。――しかし、帝国法では選帝侯間での表立った同盟の類は、一切、禁止されていたはずだな。馴れ合いは組織を弱体化させる。選帝侯は所詮、皇帝の臣で、許されるのはその皇帝との大同盟のみ。まあ、今やそれも有名無実化しているといってもいいが。……だがつまり、これは水面下での密約というヤツだ。妖しい感じが実にグットだ。――いずれオレ様の偉大な魔力とパワーで、密約を密通に発展させてくれよう、ぐしし……」
「すけべ」
 リリスは目を細めてそう呟いた。ルフィアはエル・ランゼの言った言葉の意味をわからないでいた。
「……あの、伯爵様。まだ手紙には続きがあります」
 勝手に盛り上がるリリスとエル・ランゼの二人に向かって、ルフィアは小さな声でそう呟いた。
「ほほう。で、何て?」
「あ、はい。それでですね、伯爵様に極秘でラーセルの廃城まで御足労願いたいとのことです」
「やはり、ラブレターではないかぁ!!! いきなり密約を飛び越して密通とは、レミルちゃんも案外、大胆だなぁ。ああ行くぜ、何処までも! あの雲を突き抜けて、レミルちゃんと二人で、天国までイッてやるぜッ!! ガハハハハハハハハッ!!!」
 飛び上がってそう叫ぶエル・ランゼ。
 それとは対照的に、リリスは足に100トンの重りを括り付けられたように、深海の奥深くへと沈んでいった……。
「ワ、ワナですよ、エル様。都合が良すぎます、絶対、ワナです」
「なっはっはっ、ひがむなリリス。お前にもいつか、きっといい人が現われる日が来るって。……たぶんな」
 エル・ランゼは無責任にそう言うと、頭を深く垂れたリリスの肩を、軽くポン、ポンッ、と叩いてやった。