第二章
      

  - 争いは飽くこと無く -

  By.Hikaru Inoue 


II






 七月も半ばを過ぎると、陽射しも強烈な蒸し暑さと変わった。そんな中、古城だけは湖のおかげで、打水をしたようなひんやり感に包まれていた。
 そして、晴天が広がる十六日のこの日、古城はある運命的出来事を迎えることになる。
 それは、起こるべくして起き、例え神の力を以てしても、ねじ曲げられぬ運命(さだめ)であった。
 エル・ランゼはこの日の為に、わざわざ快適な城内を抜け出し、一人、暑さで蒸しかえる城の城下町へと出向いた。
 夢魔伯爵城の周囲を取り囲むようにして広がる城下町リトリスは、中世的な石とレンガ造りの町並みで、人口も三万を数える中都市であった。街の至る所では市が開かれ、夏の暑さを吹き飛ばすような活気で溢れている。
 エル・ランゼはそんな街並みを裏路地に抜け、一軒の古びた雑貨屋へと向かった。
 店の一枚板の看板には、『手に入らぬ物はございません。レア物、珍品、初回限定生産物。破壊兵器からラムネのオマケまで・主人』と、いかにも胡散臭い文字が書かれている。
 エル・ランゼは雑然とした店内に入ると、カウンターの奥に足組みして座る小太りの中年男に向かって、こう切り出した。
「オヤジ、例のブツは手に入ったか?」
「これは、これは、伯爵様。はい、例のブツでございますね。しめて三十本、御注文通りの品を揃えておきました」
 とたんに腰を低くして店のオヤジはそう言うと、カウンターの下からズッシリと重い布袋を取出し、エル・ランゼの前に差し出した。
「オヤジの仕事はいつもキッチリで助かる。これをいい仕事と言わず、何を言おう」
「恐れ入ります、苦労して一流の業師たちを探した甲斐があるというものでございます」
 とまあ、二人は怪しい会話を交わしながら品物の受け渡しを終えた。
 実はこの店は身分の高い者や金持ちしか相手にしないという、エル・ランゼ御用達のメンバーズショップで、幻の菓子コンペイトウから、暗殺者斡旋、攻城兵器などという物騒なものまで金次第で何でも取り扱う、恐ろしい悪魔の非合法ショップであった。
 だからこの裏路地という最悪の立地条件でも、客足は途絶えることがなく、おかげでオヤジのエル・ランゼに対する献金も人一倍であった。
「ところでオヤジ、エリザベスちゃんはどうした? 看板娘の出迎えもなしで、この暑い中、暑苦しいオヤジとツーショットなど、暑い上に興醒めというものではないか、ん?」「大変、申し訳ありません。只今、エリザベスは宅配の出張サービスに出ておりまして、娘が戻るのは夕刻辺りになると思います」
 エル・ランゼは少し残念そうな顔をしてこう言った。
「エリザベスちゃんのスマイル0円サービスは、この店の看板だろうが。あのエリザベスちゃんの笑顔を一目見ようと、ウチの暗黒騎士の連中も、なけなしの安月給を貯め込んで、この店の売り上げに貢献しておるというのに。……まあいい、その金も回り回って、結局はオレ様の懐に納まるのだからな。オヤジも太り、オレ様の懐も暖まる」
 オヤジは手を摺りながらハゲたその頭を下げる。
「はい、それはもう勉強させていただいております。よろしければ、次の御注文の際は、エリザベスを城へと上がらせるように致しますが」
「……いや、それはいい。城にはうるさいのが約一名いるからな。――オヤジ、このコンペイトウ、一袋貰っていくぞ」
 こうして古城へと戻ったエル・ランゼの一日は慌ただしく過ぎて行き、その日の夕刻を迎えることになる。

「……ふう、やっと終わったわね。全く、エル様も遊び呆けてばかりじゃなく、少しは私の仕事を……」
 そんな愚痴をこぼしながら、今日の一日を執務室で過ごしたリリスが、疲れた様子で自室へと戻って来ると、何やら扉の向こうに人の気配を感じた。
「……何?」
 すかさずリリスは腰に差してあった短剣を構えると、そっとその部屋の扉を開けた。

  パァーーーーーーーンッ!!!

「な、何よっ!?」
 突然の、胞子草で作られたクラッカー音に、リリスが驚き怯むと、何やら派手に手を加えられた室内では、ルフィアや数名の暗黒騎士たちの、熱烈な歓迎が待っていた。
「おめでとうございます、リリス様!!」
「……は、はぁ?」
 状況が飲み込めずにリリスが部屋の入り口で呆然と立ち尽くしていると、ここぞとばかりにタイミング良く、何か巨大な剣山のような物体を抱えたエル・ランゼが、隣の部屋の扉を開け、この部屋へと入ってきた。
「ハッピーバースディ、リリス君!」
 エル・ランゼはそう言って、ご馳走が乗ったテーブルの中央に、その剣山を置いた。
「ハッピー……えっ、もしかして」
 リリスが感激でもしたかように、一瞬、言葉を失う。
 多忙な日々に忘れていた大切な一日を、みんなが自分に思い出させてくれたのだ。「ありがとう……みんな」
 リリスはジンとして、短くそう答えた。
 そんなリリスの表情に、みんなの顔に笑顔がともる。
 だが、リリスにわからなかったのは、そのテーブルの中央に、デンと置かれた剣山の正体だった。
 ……よく見ると、それは巨大なローソクの集合体で、数えてみるとちょうど三十本が何かの上に突きささっている。底の部分はスポンジのようにも見えた。
 エル・ランゼは得意のマジックで指先に小さな火を宿すと、そのローソク全てに火を付けた。
「カット用の短剣持参とは用意がよろしい。さあ、リリス君!!! ケーキの火をフッとやっちゃって下さいな」
 ……それはまるで卓上のキャンプファイヤーであった。
 剣山は火の山となって、紅蓮の炎を燃え上がらせる。

  ゴオオオォォォォォォォォォオオッ!!

「ささ、遠慮なさらず、一息で」
「消せるかッ!!!」
 結局、ケーキは跡形もなく灰となり、ローソクが燃え尽きるまでの間、気まずい雰囲気に室内が包まれた。
「デカイローソクは一本で十本分だろうが、これじゃ、三百歳じゃわッ!!」
「じゃあ来年は、三百と十歳の妖怪だな」
「な、なにおうッ!」
 こうして、その日の夜は穏やかに、にこやかに過ぎ行き、リリスはめでたく満三十歳となって、その歳と共に小ジワを一つ刻んだのだった。

「伯爵様、この袋は何ですか?」
「それは開けてのお楽しみだよ、ルフィアちゃん」
 ……宴も終わり、後片付けの最中に珍妙な小袋をエル・ランゼから手渡されたルフィアだったが、ルフィアには、そのトゲの結晶の正体が何だかわからなかった。
「……栗の親戚じゃ、ないわよね」
 ルフィアはとりあえず、一つ手に取って舐めてみることにした。