第一章
      

  - 絆の花園 -

  By.Hikaru Inoue 


VI






「ふああぁぁぁ……、みんな同じ挨拶ばかりで、いい加減、飽きがきたぜ」
 あれから三日が過ぎ、会見の半数をこなしたエル・ランゼは、自室のソファーに深く身をうずめて、あくびをしながらそんな風に愚痴をこぼした。陽が地平線の彼方に姿を消してから、数刻。明かりの灯された室内の窓からは、砕いた宝石が夜の一面に広がったような、美しい夜空を眺めることが出来た。
「なんかワンパターンっちゅーか、これがアト百五十回近くも続くとなると、うんざりして夜の街にでも繰り出して、パーッと騒ぎたくなるってもんよ、」
 エル・ランゼはそう言って、リリスに夜遊びをほのめかす。
「菓子箱やら、何やらの底が黄金に光っているのは、使い古した感じのするパターンですが、財政の面から言って、非常に助かりますね。この調子でどんどん貰っちゃいましょう!! 貰える内が華ですもんねッ!」
 やけに乗り気なリリスが、ソロバンっぽい道具で金勘定を始めた。その目を弾く指先も、ピアニストばりの軽やかさだ。
「お前も早く貰ってもらえるといいな、リリス」

  バチィーーーーーーン!!

「いってぇーーーーーーーーッ!!!」
 刹那、ソロバンもどきが宙を舞った!!
「リリス、てめぇッ!!」
「あら、どうかなさりました? エル様」
「すっとぼけんじゃねーーーッ!!」
 逆上するエル・ランゼを尻目に、リリスはぽつりと呟いた。
「……御自分だって、耳のことになると人が変わるくせに」
 ……キャリアが人を変えるのか、仕事熱心な分、ひがみ根性も人一倍のリリスであった。
 エル・ランゼの影響を顕著に受けている言っても過言ではないが。
 こうして二人がにわか漫才を繰り広げていると、突然、ドアのノックがコン、コン、と打たれた。
「誰でい、こんな夜更けに。……美女の夜這いなら大歓迎なんだがな、ぐししししっ……」
「エル様、よだれ……。――私はティーサービスか何かだと思いますよ、どうぞお入りなさい」
 あらぬ想像に頬を弛ませるエル・ランゼに呆れながら、リリスはドアの方に向かってそう言った。するとドアは緩やかに開かれ、「失礼します」の声と同時に、神官のなりをした慇懃な中年紳士が部屋へと入ってきた。
「ちっ、オヤジか……」
「ええ、渋いオ・ジ・サ・マ」
 二人がそう言って対照的な顔で互いを見合わせると、中年のその男は一礼してエル・ランゼにこう語りだした。
「私はフォリナー慈愛王に仕える者でございます。慈愛王は貴方様との、コホンッ、非公式な会見を望まれております。日々多忙でお疲れの事とは存じますがよろしければ、夢魔伯爵様に我が主の元へと御足労願いたいのですが」
 フォリナー慈愛王。
 彼は大陸中に信者を持つ『セバリオス教』の法王で、帝国の選帝侯の一人でもある。その性格は極めて温和で、率先して自ら弱者救済を行なう法王の姿に、彼を降臨した神の御遣いだと信じる者も決して少なくはない。
 その法王がエル・ランゼに握手を求めてきた最初の選帝侯となった。エル・ランゼはリリスと暫し意見を交わした後、この使者の申し出を受諾する。
「オレ様は、最初は海賊の北海王か、極悪人の苛烈王だと思ってたんだがな」
「フォリナー慈愛王とは、正直、意外でしたね。でも、相手が法王猊下ともなると、無下に断るわけにも参りません」
「まあな、一揆が恐いからな」