序章   樹海の邂逅

   Written By M a k a . K a z a m i





IV


「ごちそうさまでしたっ」
すっかり満ち足りた様に微笑む少女に、ノイオンはけっと悪態をつく。
「……何だか、思いっきり騙されたよーな気がするんだが」
「人間、騙されるくらい善良なのが、一番だと思いますよ」
可愛らしく微笑みながら、少女は慰めともつかぬフォローを加えてくる。
……やはり、確信犯だ。
ノイオンは文句の一つも言ってやろうと口を開いたが、そんな気力は既に無かった。唯一の心の支え、貴重な食料を成り行きで失ってしまったことは、あまりに痛かったのだ。帰路でたべ五郎の群にでも行き当たればいいのだが、スキーの上級者コースばりの凄まじい斜度で下がっていく自分の運を客観的に検分するに、その可能性は限りなく低い。
以前、賭けごとに負けて十日間にも及ぶ絶食を余儀なくされた時のあの、差し込むような辛い空腹感を思い出して、思わず悲惨な顔つきで溜め息をつくノイオン。その肩を、少女が元気づけるようにぽんと叩いた。
「さて、行きましょうか」
「……放っておいてくれ、どうせ俺は…………」
すっかりいじけながら、ふとノイオンは気付く。
「お前、いま……」
「いつまでも、こんな所にいたって埒があきませんよ。さあ、立ち上がって下さいな」
「……あ、ああっ」
急かされるがまま、ノイオンは思わず立ち上がる。少女は満足げそうに頷くと、青年の後ろへするりと回り込む。
「さあ、行きましょう!」
「え、ええと……」
ノイオンはしばし混乱していたが、やがて、確認を取るかのように、後ろを振り返る。
「……どこへ?」
「さあ?」
少女は小首を傾げると、不思議そうに聞き返す。
「そんなこと、わたしが知るわけないじゃないですか。何のために、わたしがあなたの後ろについたと思ってるんですか?」
「…………」
嫌な予感を感じて、ノイオンはおずおずと、口を開いた。
「あんた、まさか、俺について来る気なんじゃないだろうな……」
「いけませんか?」
きょとんとした顔で答え、少女は大きなその瞳をぱちぱちと瞬かせる。
ノイオンは一瞬、言葉を失ってしまった。
冗談じゃない。こんな電波娘の相手をしていたらとても身が持たないし、だいいち既に、彼は十分な被害を被っているのだ。
しかし、だからと言って、また自殺などをちらつかされてはかなわない。気持ちを落ち着かせるべく深呼吸をすると、彼はつとめて冷静になろうとしながら、口を開いた。
「ええと、その……お嬢ちゃんは、お嬢ちゃんなりの道を自分で選んで、自分で歩いて行くべきだと、おにーさんは思うんだな。それが君のためだと、こう、思う訳なんだよ。な、分かるかな?」
「わたしの命を救って下さったのは、あなたです」
相変わらずにこにこと微笑みながら、少女。
「ですから、あなたには、あなたが助けたわたしの今後の人生に対する義務というものがあると思います」
「ど、どうして助けてやった俺の方が、そんなもん負わなくちゃなんねーんだよっ!!」
「あら……」
少女は唐突にその眉をしかめると、今にも泣き出しそうな表情を見せる。
「あなたがわたしを助けたのは、ただの偽善に過ぎなかったのですね……気紛れに過ぎなかったのですねっ……」
「いっ……いや、その……」
「あなたの気紛れで、わたしの命は永らえられることとなったのです……つまり、本当ならば存在し無かったはずのわたしの今後は、あなたによって作り出されたのです。自分が作り出したものの責任を、あなたは取れないと言うのですか?親は、自分が生んだ子供の責任を取るのものなのではありませんか?」
「それはっ……」
「そうですね……無理もありません。全て、わたしが悪いんです。あなたの優しさに甘え、あなたに依存してしまったわたしが……ご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした……」
「そ、そのっ、そー言う意味じゃなくてっ!と、とにかく落ち着きたまえ、なっ、君っ!!」
深々と頭を下げ、わざとらしく瞳に手など当てつつしずしずと剣の柄に手を伸ばした少女を押しとどめるように、ノイオンはうわずった声を挙げた。
何とか、少女を傷つけず、なおかつ、うまい具合に引き下がって貰えるというこの上なく都合の良い方法は無いだろうか。