第五章 色褪せゆく季節- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
II
ゴゴゴゴゴォォォォォオオッ!!!
灰の大地を揺るがす鳴動、
轟音を上げながら突き進む無数の騎馬の群れ。
戦端を切ったのは、苛烈王軍でも勇猛で知られる白虎騎士団の騎兵隊千騎であった。
ドドドドドォォォォォォォォォツッ!
苛烈王軍二万の本陣から分離したその千騎の集団が、直線で二キロほど先の丘の上いる漆黒の魔王目指して駆け上がって来るッ!!
一定のリズムで白い地面を打ち鳴らす四千個の蹄の音は空気さえも震わせ、丘の上にいるゼルドパイツァーたちの腹の奥底にまで響き渡った。
「すげぇ迫力だぜ、オレらあんなのを相手にするのかよッ!! ……フフッ、やってらんねーぜッ」
武者震いにブルッと己れを身震いさせたゼルドパイツァーは、覚悟を決めたようにその手の両刃剣を強く握り締める。
――小隊中央の漆黒の魔王・セリカは、敵軍の到着と同時に破壊魔法の詠唱を開始する。
これほどの大魔法ともなれば発動のタイミングが重要となる。爆発的な破壊エネルギーは一分と持たずにセリカの許容量(キャパシティー)を超えてしまう。
だからこそ『浄化』の発動は敵軍到着と同時でなければならない。
ゼルドパイツァーたちはそのいつまで続くかわからない詠唱が終わるまでの間、少なくとも、この荒波となって押し寄せる千騎の騎馬集団を相手にしなければならなかった。
槍先を一斉に揃えた騎馬集団は、文字通りその荒波となって、怒涛の如く白煙の飛沫を上げながら突進して来た!!!
ドドドドドォォオーーーーオッ!!
その距離はあっという間に縮まってくる!!
「オレらはセリカさんを信じて剣を振り回すだけだぜ。行くぜ、リカちゃんッ! ワニ公ォ!!」
ゼルドパイツァーが両刃剣を大きくその頭上に振りかぶると、続いてリカディは言う。
「フフフッ、苛烈王の手下どもに南フォーリアの騎士の戦い、とくと見せてやろうぞ。バーハルト卿、妾を援護せよッ! このリカディの魔法剣、凍結の洗礼を勇者きどりの馬鹿どもに見舞ってくれようぞッ!!」
「はっ!!」
ジャリーーーンッ!!
リカディの掛け声を合図に、バーハルトら六名の蒼き鉄仮面の騎士たちは、リカディを守る扇状の壁となってその剣先を並べた。
「ゼルドパイツァー、オ前、魔王様ノ身ヲ守レ。フランチェスカ、突撃スル」
巨大戦斧を手にしたフランチェスカはゼルドパイツァーにそう短く言い残すと、敵の騎馬隊の隊列を崩すべく、単身、丘を駆け下りて行った。
「……んっ!? それってお姫さまを守る騎士さまって役じゃねーか、オイ。……おいしいぜ、ワニ公。やってやろうじゃねーかッ!!!」
そう言うゼルドパイツァーを尻目に、フランチェスカは丘を駆け上がってくる騎馬隊の無数の槍先の前に進み出ると、その大きな口を開いて息を吸い込んだ!!
ゴォォォォォオオオオオオオオオッ!!
その瞬間、フランチェスカから吐き出された灼熱のブレスが、先端の騎兵数十名をまとめて炎に包み込んだ!!
「ぐああぁぁぁぁぁぁああああッ!」
焼かれる騎兵たちは断末魔の叫びを上げながら、次々と落馬していく。
そのあまりにも凄惨な光景と突然飛び出した竜の首を持つ化物への恐怖が、千騎の騎馬隊の前進を止めた!
シュン! シュン! シュウォォォン!!
フランチェスカは間髪入れずその巨大戦斧を振るって、次から次ぎへと騎兵を馬ごと薙ぎ倒す。
その旋風の一振りは、確実に一人の騎兵の命を奪い、瞬く間にその数は五十を数えた。
「オオオオォォォォォォォォッ!」
一旦は怯んだ騎兵隊だが、丘の頂上を目指して十騎、二十騎と、雄叫びを挙げながら突進して来るッ!!
『凍結剣、絶対零度ォォォォオオオッ!!!』
丘の上から放たれたリカディの氷結の剣風が、さらに彼らの前進を阻んだ!!
氷の彫像となって倒れゆく騎兵たちの姿に、他の騎兵たちは思わずその前進を止められた。
そして、足並み乱れる騎兵隊の群れ深くに分け入ったフランチェスカは、その中心で灼熱の恐怖を撒き散らす。
……千騎の騎兵隊は、そうして十名足らずを相手に混乱に陥り、次第に統制を失っていった。
数の上では圧倒的に騎兵隊の有利だった。
しかし得体の知れない『漆黒の魔王』という名を恐れるあまり、騎兵隊は得意の突撃戦法に積極性を欠き、立ち止まって苦手とする守勢へと転じてしまった。
丘の上へと駆け上がろうとする者たちは凍結の洗礼を受け、怯えるあまりに密集する者たちは、それを狩りたてる巨大戦斧の化物にその身を裂かれた。
こうしてセリカ率いる魔王軍は、苛烈王軍との初戦に機先を制したが、それも敵が一時的な混乱から立直るまでの僅かな間のことでしかなかった。
敵が絶対多数という狂気に後押しされ、恐怖を克服したその時こそが、圧倒的少数の魔王軍にとっての最後であるのだから……。
それまでにセリカが破壊魔法を発動させること。
……それがセリカら一握りの魔王軍に残された、唯一の勝機といえた。