第三章 誇り- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
IV
セリカは古城の北側にあるこじんまりとした一室に明かりを灯す。
そこでゼルドパイツァーがカローラの言った『あの時』のことを尋ねようとすると、セリカは真剣な眼差しでゼルドパイツァーの言葉を止めて、カローラの過去についてゆっくりと語り始めた。
……窓から見える深い藍色をした空には、月輪が朧気に輝いている。
「……あれからもう、十年近い年月が経ちます。――父を亡くして沈んでいた私は、カリアという小さな村の近くの森で、一人の少女に出会いました」
――当時、カリアの村は野党の襲撃を受け、その時、難を免れて半ば魔王の森の中へと迷いこむように逃げ込んできた一人の村の少女がいたという。
年端もゆかぬその少女こそ、幼き日のカローラであるとセリカは言った。
……カローラは魔王の姿に扮したセリカを見て、泣きながらこう訴えたという、『お願い、村を助けて……』と。
「あの格好をした私を見て、カローラは幼いながらに死を覚悟したと思います。……それでもカローラは悪魔の形相をした私に助けを求めたのです。――私はその想いに応えるべく、フランチェスカと共にカリア村へと向かいました」
村は野党に放たれた火に無残に焼かれ、まるで狩りでも楽しむハンターのように、百を超える野党の群れが、逃げ惑う村人に襲いかかっていたと、その時の情景をセリカは生々しくゼルドパイツァーに聞かせてやった。
「私とフランチェスカは、その非情な殺戮者どもに容赦無い一撃を浴びせました。――父を失った私は、その悲しみを怒りに変えて戦ったのです」
セリカたちの出現に、野党たちは戸惑いながらも、殺戮に酔った勢いとその数に後押しされて、セリカたち二人に戦いを挑んできたという。
だが、その数を二十、三十と減らされる内に、圧倒的な力の差に恐れをなした野党たちは、五十ほどの仲間の屍を残して、散り散りに村から逃げ去っていったのだ。
……続けてセリカは、その顔を悲痛に歪めながらこう呟いた。
「……問題はその後に起こりました」
もともと身寄りの無かったカローラは、この野党の襲撃で自分を育ててくれた老婆を失い、しかも生き残った村人からは、セリカたち漆黒の悪魔を呼び寄せた『悪魔の子』と蔑まれ、結局は村を追い出されることになったのだと。
……この村人たちのあまりの身勝手さに、セリカの戦斧を握る手の震えが止まらなかったとゼルドパイツァーに語った。
「ひでぇ話だな……」
ゼルドパイツァーは、カローラの生い立ちに同情するようにそう呟く。
「カローラはきっとそのことで、心に大きな傷を負ったことでしょう。――幼い子供には辛過ぎる試練です。でもカローラは、それを微塵も感じさせません。いつも明るくて、誰にでも親切で……。――森で倒れているゼルドパイツァーさんを助けた時も、その心境は複雑だったと思います。自分を裏切ったその『人間』を助ける。……あの娘はそういう娘なんです」
セリカのそんな話を聞いていると、ゼルドパイツァーの胸の奥にも、次第に熱いものが込み上げてきた。……その作用が、堅く握られたゼルドパイツァーの右の拳を震わせる。
「本当にいい娘だぜ、……カローラちゃんはよぉ」
「私に出来ることは、そのカローラの想いに応えてあげることだと思います。それが、本当に正しいのかどうかはわかりません」
セリカがそう言って、ゼルドパイツァーの震える拳をその両手で柔らかく包み込んだ。
……セリカの暖かく柔らかな手の中で、ゼルドパイツァーは次第に、そのやりようのない怒りが鎮められていくのを感じた。
「オレもカローラちゃんに助けられたクチだから、カローラちゃんの願いは聞いてやりたい。オレも行くぜ、セリカさん。……カローラちゃんの為にな」