第一章
      

  - 絆の花園 -

  By.Hikaru Inoue 







「『時』が…、流れ始めようとして……いるの?」
 済んだ声の持ち主の少女は、眼前に立つ銀髪の男にそう尋ねる。
「私にはわかりません。『神の声』すら聞くことの出来ぬこの身に、先の未来など予知しよう術もありませぬ」
 銀髪の男は慇懃な態度で少女にそう答えた。
 少女はまるで、強い逆光の中に立つかのように、その身を白き光に眩しく照らされていた。男の方からでは顔はおろか、その輪郭をつかむのがやっとといった感じだ。
 神秘的という以外に比喩しようもない少女の像。
 ……ハッキリ見て取ることは出来ないのだが、その声からしても、明らかに少女の容姿が美しいであろうことは容易に想像できた。
 それが彼女の姿をより神秘的に魅せる。
 ――そこは、陰影でしか物を確認出来ないような、そんな不思議な空間だった。
「この大地に『未来』なんて言葉、あまり不釣り合いなのかも」
 俯き気味に細い声で言った少女に、銀髪の男はこう返した。
「そう、……かも知れません。第一、我らはわけもわからず『サーヴ』なる神の御導きとやらで先祖の時代より同じ文明、同じ社会を繰り返してきただけに過ぎません。それももう、千と五百年にもなるのですから。こんな作られた『停滞』という名の悪循環が、いつまでも同じように歯車だけを取り替えて回り続けているのですから、それこそ当たり前に考えて、不自然な状態が続き過ぎているといってもおかしくはないのでしょう」
 銀髪の男は少女に対して、さらにこう続ける。
「血の流れが止まっては、やがては黒く濁り、死に絶えます。それはこの呪われた大地とて例外ではありますまい。仰られたその『時』の流れというものが、同じく血の流れのようなものであるのならば、動こうとする流れにはもはや従わざるを得ますまい。我らはこの母なる大地にしがみ付いて生きているだけの、いわば寄生虫や寄生木の類に過ぎません。手をこまねいて母体そのものを失えば、自ずと我らの未来そのものも失われてしまうでしょうから」
 少女は小さく首肯いた。
 そして、銀髪の男にこう尋ねる。
「貴方は何か御存じなのではありませんか? 世界の成立というものを探求する者である貴方なら……」
「答えは『否』とでも申し上げておきましょう。知りたければ人の言葉などをあてになさらず、まず御自分で世界をご覧なさい。でなければ、人から与えられた物だけが貴女にとっての『世界』なのであるのなら、結局、貴女自身、ただ止まるのを受け入れているだけに過ぎないでしょう」
 そう残したかと思うと、次の言葉をかける前に、銀髪の男は少女の前から姿を消していた。
「マイオスト……」

 少女はその名を口にすると、自らを照らす光輝を方へと振り返った。


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