序章   樹海の邂逅

   Written By M a k a . K a z a m i





II


「泣いたら駄目だなんて、誰が言ったの?」
肩にショールが掛けられる。羊毛で織られた布の、柔らかくて暖かい感触。
だが、少年はそのまま、顔を上げようとはしない。
「大丈夫、思い切り泣いたって、あなたは弱くなったりなんかしない。あなたのお父様とお母様のために…今は、泣いてあげなさい」
少しの間があり、やがて、少年の肩が震える。
微かな嗚咽が、くぐもって聞こえる。始めは小さく。そして、だんだんと大きく。
泣きじゃくる少年の背中に、少女は手を置いた。
「…わたし、信じてるわ」
流れるような金色の髪を揺らし、少女はそっと微笑む。
「あなたは、いつだって立派な騎士様。わたしの騎士様。だから…絶対に、負けたりなんかしない」
優しいその囁きに、少年の心臓が飛び跳ねる。
顔を上げて、少女と目が合って、また俯く。涙に濡れたその頬は、少し赤い。
ああ、少年は思った。
僕の役目は、彼女を守る事なんだ。
お世辞にも頼りがいがあるとは言えない、まだ小さなその手のひらを強く強く握りしめ、彼は固く心に誓った。
たとえ、この命を差し出すことになったとしても。僕は必ず、この役目を果たす、と。





「……んっ………って………何だこりゃっ!!!!!!」
昨夜、ヤケ半分に寝袋代わりとして潜り込んだ件の巨大な袋。罠に掛かった獲物のようにそこからずるずると這い出してきた彼が最初に目にしたものは、傍らですやすやと小さな寝息を立てている、ひとりの少女だった。
「お、お前はいったい、誰だぁぁぁ!!!!!!!!」
ノイオンのあげた大声に、少女は薄く瞼を開いた。ごしごしと目をこすると半身を起こし、眠たげな眼できょとんとこちらを見やる。
年の頃はせいぜい十五・六と言ったところか。簡素なつくりの服の上に回された無骨なベルトに不釣り合いな両手剣を帯び、セミロングの淡い桃色の髪を肩口で二つに縛っている。
見たところ、他にこれと言った荷は無いらしい。湿った土の上に直に横たわっていたせいだろうか、全体的に小汚く薄汚れている事を除けば、ぱっちりとした赤い瞳が印象的な、なかなか可愛い娘だ。
しかし、ここは樹海。それもほぼ中心に近い場所。
ただでさえ人並み以上に鈍い青年の、しかも寝起き直後の脳であってさえ、こんなところにこんな少女が居る事の不自然さくらいはかろうじて判別できたらしい。
(いや、まてよ……)
ノイオンの脳裏に、ひとつの仮定が浮かぶ。
大陸一の樹海の中に、荷一つ持たずに普段着のままで身を投じた、十代の少女。
――と、言えば、その目的は一つしか無いではないか。
(か、関わっちゃならねぇっ……!)
もとより、脳天気で湿っぽい話は苦手な男である。自殺志願者と自殺の名所で二人っきりというこの状況は、冗談でも好ましいとは言えない。
かと言って、何をどうこう出来ると言う訳でもない。
その場に、気まずい沈黙が流れた。
「…………」
少女は何も言わず、組んだ手のひらを胸の前に、あたかも雨に濡れた捨て犬のような瞳でこちらをじっと見つめ続ける。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
しばし交わされる視線の応酬。
もともと、根性などと言う物は皆無である。無言の圧力に、ノイオンはついに折れた。
「……こ、こんなところで、ど、どうしたんだ?」
「あの……わたし……」
潤んだ瞳で青年の顔を見上げたまま、少女は桜色をしたその唇を開いた。
「………何か、食べるもの……恵んで下さい……」